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秋ピリカグランプリ応募作品

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2024年・秋ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#言葉

【秋ピリカ】わたしを束ねないでください。

ちいさな紙の束をたばねる。 ちいさな会社のちいさな資料だ。 失くしてしまったとして誰も困らないような そんなささやかな紙の束だ。 はじっこを出来るだけあわせて、ばらばらにならないようにカキンとやる。 紙がすこし分厚い時。 あの指にかかる微かなステープラーの圧力の中には、みえないぐらいの罪悪感が潜んでいる気がする。 紙を束ねているのにいつからかじぶんを束ねているように思ってしまう。 紙谷栞は、名の如くもはや紙なのだ。 名も知れぬ紙だから平気で誰かに束ねられてしまう。 佐伯

琥珀の紙面に想いを綴り閉じ込めて#秋ピリカ応募

近く遠く教会の鐘の音を聞きながら、ふわりと私は意識を取り戻す。 目の前には、淡い光を灯す『琥珀堂』の看板がある。 裏路地にひっそりと佇むこの店を、そういえばあの人は古書店や私設図書館のようだと言っていた。 「あの」 重い扉を開いて足を踏み入れると、月光硝子のカンテラの中で星のカケラがシェリートパーズの色を帯びて燃えている。 それは壁という壁を埋め尽くす本たちに優しい影をゆらめかせ、ひどく幻想的だった。 「ようこそ。お待ちしておりましたよ、さあ、どうぞこちらへ」 店主は

力を得るもの

 しろい、しろいしろい細かな粒の中を、体ごと進んでいる感覚。  落ちているのか、飛んでいるのか。  ふと、目を開けてみたら粒が目に入りそうになって慌ててまたぎゅっと目を瞑った。  ずっと夢を見ていたような気がするのだけれど、なんだかそれも曖昧で、どうでもよくて、とにかく自分は今、何処かへ行こうとしているようだ。  そうしてそれは自分の意志ではなくて、何か大きな抗えない力に押されているのか、引っ張られているのか、解らないままにとにかくは何処かへ向かっていた。  瞑った瞼の裏に

【秋ピリカ】ことのは

今日は何をかくのですか?  日記? お手紙? ものがたり? 彼は木目が美しい棚から1枚の生成色の紙を取り出した。 うっすらとリボンの模様が浮かび上がる紙を半分に、また半分にペーパーナイフで丁寧に切っていく。 それから机の引き出しからインクとガラスペンを選び取って並べた。 あ、お手紙ですね。 想いを寄せるあのひとでしょうか。 わたしは会ったことがないけれど、彼には想い人がいるよう。 優しくて、柔らかくて……だけれど、秘めたる想いが滲む言葉を紙にしたためていく姿に胸が

一冊しかあるノート

 新しいノートの表紙をめくると、眩しいほどの白が目に飛び込んできた。  たくさんの紙を綴じ合わせたものをノートという。  わたしはいつも、新しいノートをおろすときの期待感や高揚感が大好きで、それはもちろん絵を描くことが何よりも好きだから、何も書かれていない白い紙を見るととってもウキウキするんだ。  でも、今日は表紙をめくってもウキウキとはしなかった。母から手渡された一冊のノート。わたしには姉がいて、姉も絵を描くことが大好きなので我が家に「紙」がやってくるといつも争奪戦とな