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あの満天の星空を抱きしめて


あの頃。
コギャルブームを少し過ぎて、今ほどではないけれどプリクラに申し訳程度の盛る機能がつき始めたあの頃。
ラルフローレンのカーディガンを羽織り紺のハイソックスを履いて、髪の毛を少し巻けばそれなりに見えた、そんな時代の女子高生だった頃。

毎日毎日、私は燻っていた。
学校に行けば友達はいたし、バイトもしてそれなりに自由になるお金も出来たのに。
何かが足りなかった。ずっとどこか満たされずにいた。

思春期特有のそれ、と言ってしまえばそれだけなのだけど
それにしたってあの焦燥感は今でも思い出すと辛くなる。
油断すると何かとてつもない闇の方に引きずり込まれそうになるのだ。
何にあんなに苛立っていたのか
何にあんなに怯えていたのか
明確には分からない。けどどうしようもなく不安だった。


小、中とそれなりに優等生でやってきた。

小さい頃は、割と生真面目で穏やかだった母が
高学年くらいから感情の起伏が激しくなり、怒りのスイッチがどこで入るか分からないようになっていた。

そんな母の急激な怒りに泣いて謝罪する日もあれば
私なりに反抗し、荒れ狂う日もあった。

いつの間にか、我が家は安心出来る場所ではなくなっていた。

だから高校生になってアルバイトをするようになってからは、家に帰る事が億劫になっていた。


バイト終わりに遊び歩く私を、母はもう怒る事さえしなくなって
代わりに私の事で気持ちを振り回されたくないと言わんばかりに、自身の精神科への入院を決めた。
前にも書いたけれど、この辺りのことを本当はあまり思い出したくない。

帰ることが億劫になっていたくせに
家に誰もいないとなると、とてつもない孤独が襲ってくる。

帰る場所に母が待っていた安心感と鬱陶しさ。
それを失ってみると、我が家はただただ孤独と向き合う場所でしかなかった。


当時の私はその淋しさを必死で埋めたくて
毎日毎日飽きもせずに遊び歩いて。

そんな時に出逢ったのがさとし君だった。

ハタチのフリーターで、実家で一人暮らしをしていたさとし君。

いつも車で一時間かけて来てくれて、私を車に乗せる前に必ず何か飲み物を買って用意してくれていた。

どこかご飯に連れて行ってくれる事もあったし、さとし君の家に行く事もあった。
コンビニで色々買い込んで、さとし君はチューハイを飲んで。酔っ払った彼のなんてことない話をゲラゲラ笑って聴いて話し疲れては、ベッドで抱きしめあって眠りについた。

安心して寝れるなぁ、と思った事を覚えている。
念の為言っておくけれど体の関係は一度も無かった。
キスくらいはしたけど、小鳥にするような軽いキスで、それはきっとさとし君の中の線引きだったんだろうなと今では分かる。

アルバイトのお給料が入った日。
いつもご飯ご馳走になってるから、今日は私がご馳走様するよって
焼肉屋さんに食べに行った。
たらふく食べて、いざお会計と思ったら、いつの間にかさとし君が払ってくれていた。
今日は違うじゃん、私が払うって約束じゃんって私が訴えると
俺は志麻が美味しそうにご飯食べてるの見れたらそれで幸せだからいいんだよ、って笑ってたっけ。

愛しいな、好きだなぁって
そんなふうに徐々に徐々に、気持ちは少しずつ降り積もっていった。


彼を思い出そうとすると車の中で流れていたAvril Lavigneのコンプリケイテッドと
私が彼に貸した当時人気だったHYのアルバムStreetStoryの何曲かが浮かぶ。

それを聴きながら、彼の住んでた南部から私の地元中部を過ぎて。
最北端の辺戸岬へ星空を観に行った。

まわりは真っ暗で、世界に2人しかいない感覚に陥って
車のバックドアを全開にして、寄り添ってブランケットを被りながら見た満点の星空は、17歳の私には世界中どこを探してもこれ以上の景色はないと思えるものだった。


一緒に見た景色とか一緒に聴いた音楽とか
こんなに鮮明に思い出せるのに
なんであの頃話した言葉たちは、ほぼ思い出せなくなってしまってるんだろう。

覚えてる会話は数えるくらいしかない。


さとし君と彼の友達のヒロヤ君、私と私の友人あっちゃんと。4人で飲んだ時の、ヒロヤ君のギャンブル癖の話になった時

スロットで勝った景品をプレゼントでもらっても嬉しくないよ、って話をした事。

今ではそんな価値観なくなってしまったけど
当時の私は若かったなぁ、とか。

寝起きの悪い私を起こそうと、布団に潜り込んできては
起きないとキスするよ、なんて言ってきた事。

そうなると意地でも起きなかった私に、彼が笑ってキスをしてきたこと。

高校生の私には、それだけで満たされて付き合ってるかと錯覚する日々だった。

鮮明に覚えてる会話は最後に会った日のこと。

毎日毎日メールも電話もして
週に半分は会って遊んで、ふと
誕生日を迎える前に想いを伝えずにはいられなくなった。

ちゃんと、さとし君の彼女になりたいと思ってしまった。

学校の休み時間、勢い余って電話で想いを伝えてしまった私に少し、何かを言い淀んだ彼は。一拍置いて「考えるね」と言って、電話を切った。


5月初旬

沖縄南部では、ハーリーというその年の豊漁と海の安全を祈る為の大きなお祭りがある。
大きな船を職域や地域のチーム30人前後の人数で漕いで勝敗を競うお祭り。

私の地域ではあまり馴染みがなかったけれど、彼もヒロヤ君と参加すると言っていた。
そして、それが終わってからになるけど会える?と連絡がきた。

炎天下の中、あんな激しい競技の後で大丈夫なのか心配になったけど
その日一日、大人しく連絡を待った。

もしも私が告白なんてしてなかったら
船を漕ぐ2人の事、応援しに行けてたかもな、なんて思いながら。

連絡が来たのは、日付が変わる少し前。
でもそれはさとし君本人からではなかった。


いつもの待ち合わせ場所に止まる車に近づくと、運転席からは彼の友人のヒロヤ君が降りてきた。

さとし君は助手席で酔い潰れて寝ている。

何故かヒロヤ君に謝られながら、事の顛末を聞く。

お祭りの打ち上げなんてさぞかし盛り上がるだろうから、まぁ、お酒は免れないだろうなと思ってはいたけど
こんなになるまで飲む彼を初めて見た。
そしてそれは長い友人のヒロヤ君も同じだったらしい。

何度も起こしてるんだけど。
約束してるの聞いてたから、途中何度も止めたんだけど。と
彼じゃなく、ヒロヤ君からひたすら謝られて、私はいたたまれない気持ちになる。

うん、大丈夫、顔見れたから、まぁいいかな、とかなんとか強がって。
ヒロヤ君もしんどい中付き合ってくれてありがとう、起きたらよろしく言っといてね。疲れてる中、遠くまで連れて来てもらってごめんねって

それでその場を立ち去ることにした。

きっとこれで終わりなんだな、って分かった。
いつも缶チューハイでほろ酔いになるさとし君が、約束した日に起き上がれない程泥酔するという事は。
きっと、言い難い言葉を言う為だったのだろうと思った。

聞きたくない。
そんな言葉、いらない。
だからこれで終わろうとそう思ったのに。

気が付けば、とぼとぼと横断歩道を渡る私を、さとし君が追いかけてきていた。

追い付かれて、少し話そうという彼に、私は力なく笑うしかなかった。

真夜中。
閉店したお店の軒先に座って
何度か聞いたことのある元カノの話を聞いた。

結論は、その人が忘れられない、って事だった。

それはつまり、私がその人を超えられなかっただけの話なんだろうけど。
彼はずっと、そんなんじゃ俺は志麻を傷付けてしまうから。だからごめん、って謝ってばかりいた。

幸せいっぱいもらえたからいいよ、謝らないでよ、って
何度そう言っても苦しそうで。
少しだけ、伝えてしまった事を後悔した。

でも、お互い時間をかけてぽつぽつと言いたかった事は言えて、最後はありがとうって伝える事が出来た。
握手をしてじゃあ元気でね、幸せになってね、って言う事も出来た。

上出来じゃないか、と思った。

だから握った手を離して、それじゃあと顔を上げた時。心底驚いたけど、笑っちゃった。


彼が号泣していたから。

何で貴方が泣くのよ。


ねぇ、私の事、少しくらい好きだった?

そう聞いたら
嘘だと思われるかもしれないけど、好きだったよって
返ってきた。

じゃあなんで、とは言わなかった。
十分だった。
超えれなかったけど、少しは両思いだったなら
それだけで生きていけると思った。

それからしばらくはHYもAvril Lavigneも聴けなかったし
こっそりお揃いにしたBVLGARIの香水も変えた。

それでも一度だけ、我慢出来ずにメールを送った時は
私のためにならないから、もう連絡とるのやめよう、って返信がきた。
当時はただショックだったけど、今となっては未練を残さないようにとことん振ってくれてありがたかったなと思う。

写真も捨てたし思い出の一つも残ってない。

だからひたすら美化されてるけど
あなたがあの時きちんと線を引いてくれたお陰で
私はあなたを変に憎まずに、優しい気持ちで今でも思い出せるんだろう。

今となっては私も沖縄を離れてしまったから
あの星空もあれから二度と見ることのないまま
景色ごと、彼だけの思い出になっている。

あの人もそうだったらいいのにな

さすがにそれは欲張りすぎかな

そんな、ありふれた片思いの話。

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