「さよならだけが人生だ」
ーオレとアチキの西方漫遊記(19)
良い宿には良い客が集まる気がする。われわれ夫婦が泊まった100年以上続く老舗民宿で出会った気さくな人は、85歳の女将さんだけではない。一足先にこの宿を発った大阪から来たというサラリーマンの2人組もそうだった。この2人がもたらしてくれた貴重な情報で、この宿を発った後の予定を一部変えることになる。あくまで新しい情報を得て柔軟に対応したと言いたい。そして、この宿に別れを告げる朝を迎える。名残惜しさを振り払う"呪文"は、井伏鱒二のよく知られた言葉:「花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ」
前回のお話:「アットホーム考」/これまでのお話:「INDEX」
情報入手
「もしかして東京から来られたんですか」ー。2、3台しか収容できない小さな宿専用駐車場で、荷物をクルマに入れていると不意に声をかけられた。30代くらいの男性。ナンバーを見て、そのことに気付いたそうだ。この人よりも少し年配に見える男性と一緒に、大阪から旅行に来たとのことだった。
大学時代に高知県で過ごし、この辺りの地理に詳しいらしい。川遊びできる場所について尋ねると、「仁淀ブルー」の源とされる面河渓(おもごけい、愛媛県久万高原町)を勧めてくれた。水晶淵がある安居渓谷よりも、さらに仁淀川の上流という。
後からやって来た奥さんと並んで、2人が川に飛び込んでいる写真などを見せてもらった。決して若くない2人が、子どものように川ではしゃいでいる姿が実に楽しそうだ。2人組に旅先の幸運を祈った後、この宿を発ったら面河渓に向かうことが決まった。
当初、よく知られた中津渓谷に行く予定だったが、急遽変更だ。旅は行くまでの準備が一番楽しいという見方がある。その限りで言えば、わが夫婦が準備にかける時間はあまりに短い。得られるはずの楽しさを十分に享受できていないことになる。ただ、今のところ、それほど不満に感じていない。
別れの朝
居心地良いこの宿に別れを告げるときが訪れた。料金を支払うことで祖父母の家ではないことをあらためて意識すると、名残惜しさも幾らか和らぐ。女将さんは当然、別段変わったところはない。わずか2泊の客に感傷的になるはずもなく、そんなことでは数十年も女将を続けていない。
去り際に、また来ますねと声をかける。すると、女将さんは「そんなこと言って、早く来ないと、ワタシはもう居ないかもしれないよ。こう見えても、85歳だからね」と、イタズラっぽく返してきた。冗談めかして尾を引く言葉を投げてくるところが心憎い。
女将さんが生きているうちに、両親や義母をこの宿に連れてくることはできるだろうかー。シートベルトを付けながら、そう考えそうになり思いとどまった。女将さんの"術中"にはまっている気がしたからだ。術から抜け出るため、井伏鱒二のよく知られた言葉をつぶやいた。(続く)
(写真〈上から順に〉:予定を変更して立ち寄ることになった面河渓=りす、旅人の情報収集〈イメージ〉=ドラクエシリーズ総復習、別れの朝〈イメージ〉。女将さんをちょっと美化し過ぎた感がある=イラストACの素材などを基にりす作成、若かりし頃の井伏鱒二=ウィキペディア)