秘境と観光地
ーオレとアチキの西方漫遊記(11)
秘境感あるにこ淵(高知県いの町)で泳ぎたいー。その思いは、この淵を目にした瞬間にあっさり萎えた。確かに景色は抜群だ。切り立つ崖に囲まれた目立たない渓谷。それを覆い隠すように生える緑の木々。白波を立てる滝。澄んだ青の水面。それらが溶け合う風景は、地元の人が神聖視するのもよく分かる。ただ、如何せん観光客が多かった。老若男女、あちこちで写真や動画を撮っている。こんな場所で泳ごうものなら、"マナーが悪い人"としてSNSに晒され、面倒くさいことになるだろう。今回の旅行は、奥さんの快気祝いが目的。そんなリスクを負う必要などない。
前回のお話:「水神さま、降臨」/これまでのお話:「INDEX」
現実
にこ淵のほとりに向かうには、切り立った崖に沿って作られた急な山道を降る。距離は20-30mだろうか。最後の10m程度は舗装された階段になっているが、そこまでは観光客が滑落しないように、鎖やロープが道脇に備え付けられており、それを掴みながら降りることになる。秘境感たっぷりだ。
最寄りの駐車場に着いたのは10時過ぎだろう。にこ淵で泳げるかもしれない期待に胸を膨らませながら、シュノーケリングセットを持って山道の入り口に急ぐ。ところが、すでに老若男女の列ができており、歩みはかなり遅い。浮き立った心が幾分、現実に引き戻された。
「おー!」ー。一足先に行っていた奥さんが歓声をあげる。にこ淵が見えたようだ。やがて目に飛び込んでくるにこ淵の景色。ただ次の瞬間、ほとりにいるたくさんの観光客の姿も見え、秘境感が半分以上消し飛んだ。口をついた「おー!」は奥さんと正反対。ガッカリのため息に近い。
通れるスペースが限られている状況と人の多さで、水際に近寄るのも一苦労だった。にもかかわらず、配慮なく三脚を使って動画撮影している集団がいる。撮りたい気持ちは分かるし、規制もされていないだろうが、マナーが悪いという意味では、にこ淵で泳ぐ人とそう変わらない。
幻想
ここは観光地。秘境に見えて秘境でない。そう思い知らされた。ツイッターやインスタグラムなどで見た素晴らしい写真や動画に、勝手に秘境という幻想を抱いたかもしれない。ただ観光地と分かれば、今後組しやすい。人があまりいない時間を狙って訪れるだけで、にこ淵は秘境になるはずだ。
点々とある石を足場にし、人がいない反対岸に渡り、ちょうど良い岩を探して腰掛けた。靴下を脱いで足を水に浸すと、痺れるほど冷たい。にこ淵を眺めながら、次回は早朝に来ようと密かに決意する。チェックアウト時間ギリギリまで宿で過ごす旅行スタイル(※)を崩せるかが問われることになる。(続く)
(写真〈上から順に〉:観光客が集まるにこ淵のほとり=りす、にこ淵に向かう山道の入り口=奥さん、人がいない反対岸から撮影したにこ淵=りす)