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なんでそのお米はつながっているの?(お題:ご飯)

本当にあった怖い話をさせてください。
あれは10年くらい前のこと、私は新卒で入った会社から別の会社に転職、そのタイミングで初めての1人暮らしを始めました。

実家は新しい職場に通うのにも、とてもアクセスのよい場所に位置しており、別に1人暮らしする必要もなかったのですが。
20代後半にもなって「1人暮らし経験がないのってどうなの?」と思いまして。つまり、いわゆる「実家暮らしコンプレックス」の克服のために始めた1人暮らしでした。

ぬるいこと言ってますよね。わかります。

大学一年生や新卒一年目などに、距離的な問題からやむを得ず始める1人暮らしと比べて、有休消化期間に、実家もそう遠くないマンションで、ある程度貯金もある状態で始めた1人暮らしなんて。
世にいう「1人暮らしの始まり方」の中で、相当にハードルが低いものだったと思います。

それでも、初めてのことだらけで、生活力に乏しい私にとっては、毎日、未経験のことだらけで日々、大混乱。家具を組み立てるのも、水回りを掃除するのも、手の届かない収納スペースを整理するのも、Wi-Fi設備を整えるのも、一苦労。躓いてばかりの毎日でした。

その年の夏のことです。

自炊はまったく得意ではありませんでしたが、お米を炊くことくらいはできました。
お米は、母親が直接お気に入りの農家さんから購入していたものを分けてもらっていました。その米を保管する米櫃は台所の隅、といってもワンルームなので実質生活空間のど真ん中に置いてあったはずです。
仕事が遅くなって外食で済ませることも多かったので、消費スピードはそれほど高くはなかったと思います。

そう、その夏のことです。

今日も米を研ごうと米櫃から2合分のお米を掬い上げようとしてどこか違和感。なんだろう、まとまっている、ような。カップからざるに米を移そうとしても米の流れがちょっと奇妙な印象を持ちました。

試しに米を数粒、手に取ってみます。

すると、不思議なことに、米がビーズアクセサリーのブレスレットか何かのようにつながっていることに気付きました。直接手に持っていない粒が連なって手に取れてしまうのです。

でも、当たり前ですが米粒をつなぎあわせた覚えはありません。

え、保存状態がよくなくて腐ったりした?
けれど分けてもらってから1ヶ月ほどしか経っていないお米で、こんなことになった記憶はありません。

そもそも米ってそんな傷み方するんだっけ?
嫌な予感がします。

私は米を研ごうとする手を止めて、「米粒 つながっている」で検索してみました。

そして、鳥肌。
これはなんとノシメマダラメイガの幼虫の仕業だというのです。
写真を見てみると確かに私と同じように米粒がつながっている様子が写っており、さらに別の写真では、米の間に本当に小さな幼虫の芋虫が……。蛹から蛾へと成長するまでの様子がひととおり掲載されていました。

卵は収穫タイミングには植え付けられていることが多いとのこと。ただし、スーパーで精米されている場合は駆除されてしまい、出てくることはないのですが、そういった処理をされていないお米で20度以上の環境に1ヶ月程度放置すると孵化してしまう、ということでした。

条件ぴったりでは?

知らなかった。私は恐怖のあまり手を震わせながら、そっとざるにあけた米を再び米櫃に戻し、そのけっこうな量の米の入った米櫃ごとゴミ袋に入れて、ごみ置き場に持っていきました。24時間ゴミ出し可の物件であったことをこんなに感謝した日もありません。

私は虫が大の苦手です。そうなったトラウマの一つに「ドングリ虫事件」があります。
幼稚園の頃に遠足でどんぐり拾いをして意気揚々と帰ってきた私。母親と「どんぐり拾い、楽しかったね」と思い出を語り合うなどしておりました。そのあと何が起きるかを知りもせず、陽気なものです。

しかし翌日、(だったか正確には覚えていませんが、その直後のある朝、)マンションの床に白くて丸い小さなくずのようなものが転がっていました。
なんだろう?とよく見るとそれはうようよと蠢く芋虫で、しかも1ヶ所ではなく1,2mおきに複数匹いることがわかりました。キモチワルイ!!!

外で虫を見るのとは違うんです。虫なんているはずのないフローリングのきれいな床に小さな芋虫がたくさんいる恐怖は、筆舌に尽くしがたいものがありました。なんておぞましい。

同じく虫嫌いの母親も同時にそのことに気付き、その場で一瞬凍り付いたように固まります。

「……どんぐりだ!」

少しの沈黙のあと、閃いたように叫ぶ母。そしてその瞬間まで放置されていたどんぐりの袋を光の速さでベランダに出しました。

それから急いで部屋中のドングリ虫を駆除。
私は確実にどんぐりのいなさそうな別の部屋に籠って事が終わるのを震えて待っていました。もしもうちがドングリ虫の住処になってしまったら、もう引っ越しするか、しばらくおばあちゃんのおうちに避難するしかないかもしれない、と考えていたのを今でも鮮明に覚えています。

母はその後、一緒に遠足にいったママ友に電話して、ドングリ虫について知識を深めていました。なんでも、そもそも水につけて虫付きかどうかを選別する必要があり、煮沸や冷凍で処理をするまでは決して室内に放置をしてはならなかったのだそうです。

私はそんな処理をしてまでどんぐりが欲しいなんて思わなかったし、その後、2度とどんぐりを拾おうとしたことはありませんでした。

米から虫が発生してしまったことに気付き、私はその幼少期のトラウマを思い出していました。もしすでに成虫となって米櫃を飛び出し、部屋に潜んでいたらどうしよう。私は部屋中を掃除しましたが、確信が持てず、しばらくは、部屋から虫が発生する悪夢でうなされました。

私の生活力はそれから長い時を経てもあまり成長していませんが、今となっては誰かと共同生活することの方にまったく自信が持てなくなっています。しかしながら、あの事件は1人で家にいて怖かった出来事ベスト3に間違いなく入りますし、その時を思い出すと、1人きりの心細さが身に染みるのです。
ちなみにベスト3に入るもう1つの出来事も虫関係です。言葉にするのもおぞましいあの虫と戦った眠れぬ夜の話が入ります。

まだまだ暑いですし、またどんぐり拾いが楽しめる秋も近づいてきます。お米の保存と拾ってきたどんぐりの処理にはくれぐれもお気をつけください。


このコラムは、「コーヒー」「待つこと」「ゆらゆら」といったさまざまな共通の言葉に対して、背景も活動分野も異なる4人がエッセイを書く「日常の言葉たち」をリスペクトしつつ、同じテーマで自分も書いてみようという試みを実施するものです。

今回のテーマは「ご飯」でした。

自炊コンプレックスの話を書こうかとか、ダイエットのためお米を家で炊かないことにしてる話を書こうとかいろいろ考えたのです。
が、そのすべてにも関連するといっても過言ではないご飯に欠かせない要素、「お米」にまつわる怖い話を思い出してしまいました。

もっとおいしくてほっこりした話が書けたらよかったのにどうしてこんなことになっちゃったんだろう。お題を決めたエッセイとはままならぬものです。

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