「不自然」で過ごしてきた
必要以上に、食べて、太って、鈍らせて、感じないようにする。
とっても不自然なことだったんだ、と、心と身体で理解してきている。
そうまでしても、「感じない自分」でいることで、
大好きだった父や母と一緒にいたかったのだし、
「感じない自分」になれば、愛してもらえる、大切にしてもらえる、笑顔になってもらえる、と思っていた。
そんなことは、全く関係のないことだった。
「おかしい」と思ってよかった。
「苦しい」と思ってよかった。
「悲しい、悔しい、心細い、切ない、いたたまれない、逃げたい、壊したい」と、感じて、思ってよかったんだ。
私の心も身体も、自由なのだから。
鈍らせて、逃げている人たちと、一緒になる必要はなかった。
一緒にならなくても、大切にできるし愛せるということに、気付かないふりをしていた。
見えない鎖で自分を縛って、動けないふりをしていた。
自分のために食べていいし、自分のために食べなくてもいい。
感覚を忘れたら、感情を忘れたら、心も壊れて錆びていく。
こんな基本的なこと、すっかり忘れてしまっていた。