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内側と外側

自分の内側で感じていること。
自分の外側で起こっていること。

この2つを行き来して、感じて、理解していくこと。

自分の感じていることを知り、認めて、現実に起こっていること、自分に対する評価や価値も知っていくこと。

そういうことが必要だと思うし、今までやってこなかったのだな、と思っている。

自分の内側とも繋がっていなかったし、外側で起こっていることも正しく知ろうとしていなかった。

内側と繋がっていけば、外側の世界も見えてくる。

自分が感じていること、思っていること、考えていること。それらは、ただ存在しているだけなのに、親や世間や社会によって植え付けられた価値観や、善悪の基準や、その時の流行り廃りや、年齢や性別などのスペックからあるべきといわれている姿や、とにかく色んな「後から後から付け加えられていった考え」でがちがちになっていると、見たくない自分になってしまい、知りたくない自分になってしまい、「認めること」「知ること」「理解すること」のハードルがぐんと上がってしまう。

自分を「よく見せたい」し、「いい人、いい人間」だと思いたいし、なかなか大声で人に言えないことは隠しておきたいし、そんなこと考えていない人間だと思いたいし、、、など。

誰のためか分からない自分、親から求められた自分、親に「良い」としてもらった自分の基準で生きていると、自分のすべてを知って愛することはとても難しくなり、生きにくくなったり、苦しくなってしまったりする。

どんな感情でも、本当はよくて、どんな考えでも、本当はよくて。それらを認めないようにするために、または、認めてもらいたいがために、誰かに噛みついたり、誰かを悪者にしたり、誰かに八つ当たりしたり、攻撃したり。

自分で、自分をしっかり感じて、認めて、受け止めてあげれば、いいだけだった。そして、そう感じている自分と、外側の世界のつながりをひも解いていけばいいだけだった。

大概、勝手に思い込んでるだけだったり、勝手に被害者になっているだけだったりする。そういう間違った、不要な、捻じ曲がった、歪んだ思い込みを捨てずに、自分で自分を虐めていたり、悲劇のヒロインにしていたりするのだ。

もう、そうやって、誰かを悪者にするのは十分だ。

自分で作りだしていて、自分で創造しているのだから、自分と向き合って、仲良くなって、作り直していく。

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