ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー⑤
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一章 継承者ーー⑤
「はっはっは! いやあ、今日も快勝だったなあ!」
嬉しそうに白米を頬張りながら喋る信介に、俺はうんざりする。訓練終了後、塗料まみれにした機体を格納庫に戻してから、俺達立花小隊は、いつも通り食堂で夕食を共にしていた。ここ数日いつもこんな感じで、整備員には小言と言われ、信介や秀吉からは笑い者にされる始末。4対1で袋叩きにしているだけなのに、よくもまあ笑えるものだ。
「気分が良いのは結構でござるが、信介殿はしょっぱなに、やられっぱなしではござらぬか?」
「うるせえ。勝てばいいんだよ。勝てば!」
隣の席に座る信康が、不快気味にツッコミをいれるが、信介は気にせず反論する。
「そうっすよ。チーム戦なんだから、勝てば何でもいいんすよ。まあ、信介さんはちょっとやられるの早すぎっすけど……」
「んだとテメエ! お前の援護が遅せえから俺がやられるんだろ!」
「そんな事言ったって信介さん、突撃するの早すぎなんすよ。援護する身になってくださいよぉ」
信介の暴論に、信介の隣席に座る秀吉が、さりげなく不満を漏らすように述べる。俺からすれば、二人共突撃が早すぎるんだがな。
「まあまあ。二人共仲良くやられてるんだから、おあいこですよ」
「左様。訓練の勝利は特攻係の尊い犠牲で、成り立っているのでござる。従って個人戦で見れば、信介殿達は負け続けているのでござるよ」
二人の漫才に俺の右隣に座る一樹と、信康がさりげないツッコミをいれる。毎日賑やかな事だ本当。名寄基地の食堂は、厨房スペースと飲食スペースが一体化していて、飲食スペースは、長机と椅子が配置されている。厨房スペースは、入り口側に設置されていて、入口でトレイを受け取り、厨房でメニューを頼み、料理を受け取って飲食スペースで食事する流れだ。自衛官ならば無償で食べられるので、基地住まいの隊員の多くは、食堂で食事を済ませる事が多い。因みに俺は肉野菜炒め定食、信介は焼肉定食、秀吉は焼き魚定食、一樹は親子丼、信康は生姜焼き定食を食べている。
「ちょっとぉ! チームに貢献しているのに、その言い方はないんじゃないんすかね!」
「見つけた! どうしてくれるんですか! 信介さん達のせいで今日も残業なんですよ! アタシ今日合コンだったのに!」
秀吉がへそを曲げる様な口振りでぶーたれると、後ろから女性の非難じみた声が聞こえてきた。ああ、多分この声は中山か?
「げっ中山!」
「げっじゃない! 何なんですか! 子供が泥遊びしたみたいな機体の汚しっぷりは!」
信介の嫌そうな反応に、怒りの声をあげる中山は、片手に持ったトレイを信介の隣席に置き陣取る。中山(なかやま)恵(けい)三尉。戦略機整備班所属の女性で、男勝りな性格にスポーティな髪型が似合う小柄の女性。配属が同時期だったという事もあって、話す機会が多い……が、大体は小言だったりする。
「どうしてくれるんですかぁ! このまま婚期逃したら貴方達のせいですからね! 本当もう最悪ですよ!」
「お前みたいなじゃじゃ馬、誰も付き合わねえよ」
「ナンですってえ!」
「痛い痛い! 耳を引っ張るな!」
「ちょっと落ち着きましょうよ。また見られてますよ?」
二人の痴話げんかじみたやりとりに、一樹が周りを見つつたしなめる。確かに近場に居る人間から、奇異の目を向けられているが、仲がいいと思われているのだろうか?
「はぁ……ここ最近、班長が嬉しそうに貴方達の機体を見て、ニヤついているんですよ。「『ああ……今日も残業かぁ。やっぱ整備楽しいなぁって』あの人、前線帰りの人らしいから、戦略機触れるのが嬉しくて仕方ないんですよ」
恥ずかしくなったのか、やや頬染めつつ信介の耳から手を放した中山は、ぼやくようにここに来る経緯を述べ、夕食に手を付け始めた。メニューはちゃんぽんか、手早く済ませるためか?
「そうだったのか」
「ええ。普段本当にやる気がない人らしくって。実際、あの人の下についてから生気が抜けたような印象があったんですよ。別に私は定時であがれてたから気にしてなかったんですけど――貴方達が実機で演習を始めてからは、元気百倍、やる気万倍! みたいな感じで、気合が入りまくり過ぎて、みんな迷惑というか、戦略機弄れるのがまんざらでもないから、雰囲気変わり過ぎなんですよ」
俺が相槌をうつと、中山は所属の整備班班長について語り始める。なるほど。使用していなくても、定期メンテくらいはあるだろうが、本格的に整備をすることはほぼ無い。そういう事だろうか? 演習であっても使用すれば、外装だけでなく内部機構にもそれなりの消耗が発生する……俺達が夕方頃に帰還していれば、残業にもなるか。
「気持ちはわからんでもないでござるが、小隊長の方針でござるからなぁ……某らではどうにもできないでござるよ」
「できるでしょ! もうちょっと演習で手を抜いて貰えれば、機体のダメージもそんなにひどくならないのよ!」
困り気味に言う信康に、中山は鋭くツッコミ夕食を口に運ぶ。俺達の機体はそんなに深刻なダメージを負っているのだろうか?
「そうは言ってもねえ……」
「何故俺を見る?」
信康の代わりに、何故か一樹が夕食を食べながら困り気味に呟く。俺のせいなのか?
「いや、別に手を抜いてって言ってるわけじゃないよ?」
「楽しそうだなお前ら」
一樹の問いと同じタイミングで後ろから声が聞こえ、振り向くと立花小隊長がトレイを持った立っていた。