ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー⑥
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一章 継承者ーー⑥
「小隊長! 敬――」
「良いよ。そのままで――ところでさっき整備班長とちょっと話をしてたんだが、いつも済まないな中山三尉。わざわざ残ってくれてるんだろ?」
俺の言葉を制止して、小隊長は一樹の隣席に座り中山に声を掛ける。立花郁二尉。俺達戦略機小隊の上官であり、前線帰りの経験豊富な小隊長だ。
「えっ!? いや、そういうわけじゃ……私も戦略機に興味があるというか、後学のためというか……」
「なんだよおめぇ! 小隊長には随分しおらしい事言ってんじゃねえか! 合コンじゃなかったのかよ? ああ!」
申し訳なく言う小隊長に、中山は照れ隠しのつもりか頬を染め答えるが、信介がその仕草をマジマジと見て、揶揄うように言う。おいおい、火に油を注ぐなよ……
「うるさいわよ! あっそうだ! アンタ達も責任とって整備に付き合いなさいよ!」
「ええっ! 俺もっすか!? ちょっとぉ信介さんとばっちりっすよ!」
イラっとしたのか、中山は箸で信介と秀吉を指して声をあげるが、思いもよらないとっばちりに、秀吉は非難の声をあげる。信介とセットみたいな感じで見られてるからなぁ……俺達にまで飛んでこなくて良かった。
「いやっちょ、俺達が参加する意味あるのか?」
「まあ、いないよりマシじゃないのか? 折角だし行ってこい。俺達はお前らの残った仕事引き受けといてやるよ」
困惑気味にボヤく信介に、小隊長が逃げ道を塞ぐように提案する。多分、小隊長は後学のためだと思っているんだろうなぁ。小隊長たまに天然じみた発言するからなぁ。
「――ヤッタあ! ありがとうございます! 立花二尉! ほらっさっさと食べる!」
「ちょっ……チっわーたよ」
「ええええ。信介さん白旗揚げるの早すぎですよぉ」
小隊の了解を得て、中山は嬉しそうに言うと夕食を食べ進め、その様子に信介と秀吉はしぶしぶ了承。同じように夕食を食べ進めていく。
「それじゃ、先に行ってるわよ。逃げたら……わかってるわよね?」
手早く食べ終えた中山は早々に席を立ち、去り際、二人に念を押すように声を掛ける。
「安心しろ。逃げやしねえよ……はぁ、ツイてねえな」
中山の言葉に信介は夕食を食べ進めながら答え、追い払うように箸を振り小さくぼやく。その仕草に中山は不満げに口を尖らせるが、敢えて何も言わずそのまま去っていた。
「そのセリフ、俺のすっよ」
「まあ、誰かさんが比良坂殿を高笑いするからでござるよ」
ボヤく信介に秀吉が嫌そうにツッコミをいれると、信康が因果応報と言わんばかりに二人を指摘する。
「まあ、頑張って」
「俺は……喜べばいいのか?」
「ふざけんなヨ。じゃ、行ってくるわ」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ」
俺と一樹の微妙な言葉に信介は軽く反論すると、夕食を食べ終え足早に席を立たつ。それに追随する形で、秀吉が不満を漏らしながら後を追い二人は食堂から去って行く。騒がしさの中心だったメンバーが去り、食堂にやや静けさが戻った。
「最近食堂が騒がしいと聞いてたが、お前らだったんだな」
「ご迷惑になっていましたか?」
夕食を食べながらポツリと呟く小隊長に、俺は遠慮がちに問う。小隊長は野菜炒め定食を頼んでいるようだ。
「ん? ああ、別に悪い意味じゃないさ。それよりも明日からしばらくは実機訓練を控えるつもりでいるんだが、何か希望あるか?」
「小隊長、もしや整備班からクレームがきているのでござるか?」
「んー、当たらずとも遠からずだな。基地司令から、整備班の超過時間が著しく増大してるから、ちょっと控えろと連絡がきた」
夕食を食べながら問う信康に、小隊長はこともなげに答え夕食に箸をつける。
「こう言っては何ですけど、基地司令意外と目が広いんですね」
「――なるほど。基地管理は査定に響くのか」
「お前、本当によく気づくなぁ……まあ、概ねそんな所だろうな。立場上ヤメロとは言えないから、控えろと言ってくるわけさ」
当てずっぽうな俺の言葉に、小隊長は驚いたように言葉を漏らす。一樹の皮肉から何となく思っただけだが、基地司令ともなると、細かいところまで査定される事になるわけか……管理職は大変だな。
「ここのところ戦略機ばかり乗り回してござったからなぁ――いっそヘリや戦車を乗り回すでござるか?」
「仮にそれを採用したら、俺が基地司令に譴責されるだろうな」
信康の思いがけない提案に、小隊長は苦笑交じりに答える。まあ、ヘリや戦車まで乗り回し始めたら、整備班の負担はさらに増大するだろうな。
「まあ、整備班の負担減らせって言われるのに、信康君の提案だと、喧嘩売ってるようなもんだよね」
「そうは言うでござるが、シミュレーター訓練は大人気でござるからなぁ。今更好んでやろうとは拙者は思わぬでござるよ」
「お前の心情は兎も角として、小隊長何故私達にこのような提案をするのでしょうか?」
つまらなそうに言う信康をしり目に、俺はもっともな疑問を投げかけた。そもそも俺達が希望して良い問題ではないはずだが?
「まあ、お前らが完成されすぎているからな。俺としてはどう補強してやろうか? 目下それが悩みでな」
「完成されすぎている?」
「この基地に配属された他のひよっ子と違って、お前達は能力的にはほぼ完璧に近い。実戦でも十分通用するだろうな」
俺の疑問に、小隊長はまるで誇っていいぞ、と言わんばかりに評価を述べる。そうなのか? 俺達が完璧とは言い難い気もするが……
「はあ……」
「そんな困った顔をするな。恐らくお前達は何れ前線で戦う日が来る。それぐらい優秀だし上層部からも注目されている。俺としては、お前達が使い捨てにされないようにしてやりたいわけさ」
「前線、でござるか」
小隊長の言葉に信康が表情を曇らせ呟く。信康は前線の何かを知っているのかもしれないな。
「お前達をビビらせるつもりはないが、北海道の先、ラシア大陸は地獄だ。俺達の明日のために、多くの人間が今も死んでいっている。それがこの世界の現実だ。だから、俺が持ちうる能力と見識を、出来るだけ多く伝えておきたい。お前達と比良坂に、だ」
「何故俺なんでしょう?」
小隊長の言葉に俺は意味が分からず問い返す。俺だけ別枠なのは何故だ?
「何だろうな。お前には人に期待させる何かがある。そう感じるからだろうな。これから先多くの人間と関わって――ああ、そうか。部隊指揮してみるか?」
「部隊指揮……面白そうですね」
唐突に閃いたのか、急に話題が変わる小隊長に一樹が食いつくように述べる。部隊指揮? どうするのだろうか?
「確か演習系のシミュレーションは――割と自由に使えるはずだから、後で申請を確認してみるか……よしっ準備が整い次第シミュレーションによる部隊指揮訓練をするぞ」
「了解」
思い出すかのように述べる小隊長に、俺は素直に同意する。シミュレーションか……どんな演習になるのだろうか?