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地上波のお色気番組は過去に何度も自粛されてきた

近年、お色気番組という言葉をあまり聞かなくなったとは思うが、現在でもお色気番組や女性の裸を放送することは可能であり、原則として禁止されていません。コンプライアンス、自主規制という言葉が一般的に使われるようになる前の時代、終戦後にテレビが普及してからお色気番組はずっと批判され続け、放送しては自粛また放送しては自粛されるというのを30年、40年、50年と繰り返してきた。当時はインターネットが普及していなかったため、情報弱者が多く、テレビには自主規制 = コンプライアンスがあることを知らないまま大人になった人が多いのも事実(主に団塊世代と氷河期世代が該当する)。このように何十年とかけて試行錯誤されてきた結果が今のテレビの状況につながっている。そのため、お色気番組の在り方もただ裸を出すだけ、エロいことをやるだけではなく、今の時代に合わせた表現・内容で放送を継続している。

2025年放送 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」でのヌードシーン

お色気番組が女性蔑視と叩かれた理由
テレビは時代を映すと言われているように、ただ単にテレビが過激だっただけでなく経済との関係性がある。

1台のテレビをみんなで視聴していた時代

終戦後の日本は、男は外で仕事・女は家庭を守るという性別役割分担をベースに男性が外で働いて経済を回すという時代でした(現在の60代以上)。これは何故かというと、もともと戦争へ行くのは男性だったからです。戦時中は男性は戦争に出向き、女性は銃後で国を守る → これが戦後の頃に男は仕事、女は家庭という価値観に変化したのです。このため、終戦後〜1980年代前半ごろまでは男性優位の世の中であり、男性は偉い!父親を尊敬する!といった風潮が世間的にも強かった。女性は男性のサポート・補佐役であり、男には逆らえなった時代。女性や子供は女子供といって軽蔑するような傾向がありました。こうした当時の世相を反映してテレビも男性向けの番組が多く放送されていたというわけです。お色気番組もその中の1つのジャンルでテレビのチャンネル権も男性や父親が握っていました。「独占!男の時間」という番組はまさにこの時代を表しているタイトルだと言えるでしょう。テレビドラマでも男が上、女が下という関係性で描かれていることも多く、お色気番組では男性社会での目線で製作されているため、女性の裸を道具のように扱い面白がる、女性を笑いものにするという内容になっていたわけです。また音楽でも奥村チヨの恋の奴隷のように、「悪い時はどうぞぶってね、あなた好みの女になりたい」など男性が偉いという内容の歌詞で描かれている。パンチラ・ヌード・水着といったエッチなコマーシャル(CM)が多く放送されたのも男性優位だった当時の経済が関係していたためです。女性蔑視と批判されていたのはこうした実情がありました。

⬛1980年代 ‐ 女性が活躍する時代へシフト

1986年 男女雇用均等法が施行される

1986年以降、男女雇用均等法によって女性の社会進出が進み、この影響を受けてそれまでの男性優位の世の中、男は仕事・女は家庭の性別役割分担をベース、成人男性向けのテレビ番組といったものがすべて崩壊する。80年代後半以降は女性優位の世の中となり、女性も社会に出て活躍する時代へとシフトした。こうした経済との関係性によりテレビも男性だけでなく、女性にもウケるような番組を制作しなければならない時代となった。そのため、深夜番組およびお色気番組も1990年前後を境に「姫TV」・「ギルガメッシュNIGHT」・「アルテミッシュNIGHT」・「ワンダフル」・「BiKiNi」といった女性視聴者をターゲットにした番組が多く放送されることになる。後期の「11PM」や後番組の「EXテレビ」もスタジオに若い女性客を入れるなど女性を意識した内容となっていた。

2009年から約15年間の放送が続いているテレ玉「ビ〜チ9」

⬛お色気番組(深夜番組)が自粛されていた時代の遍歴

✸1960年代
地上波の自主規制・コンプライアンスの制定とBPO(放送倫理・番組向上機構)の前身「放送番組向上協議会」が設立。お色気番組(当時は低俗番組と呼ばれていた)が自粛される。

✸1970年代 ー 1980年代前半
オイルショック(石油危機または石油ショック)が発生し、この影響を受け省エネ対策として深夜放送が自粛される。当時放送されていたテレビ朝日の「23時ショー」や「トゥナイト」がこの期間に放送を休止していた。

✸1980年代中盤
1983年以降、深夜放送の自粛措置が解除され、民法各局がお色気番組を復活させるが当時の中曽根政権により深夜番組のコンプライアンスが強化され、規制される。この煽りを受けて民法各局は再びお色気番組の放送を自粛することになってしまう。

✸1990年代
深夜のお色気路線が復活するが、テレビ東京の「ギルガメッシュNIGHT」とテレビ朝日の「トゥナイト2」以外のお色気番組は当時のコンプライアンス = 自主規制+人気を長く維持できず、すべて短命で終了する。1997年にBRO(放送と人権等権利に関する委員会機構)が設立される。

✸2000年代 - 2010年代
2003年に「放送番組向上協議会」がBPO(放送倫理・番組向上機構)に名称を変更(放送番組向上協議会と放送と人権等権利に関する委員会機構 = BROが統合され設立)。お色気番組のほとんどはCS・BSなどの衛星放送へ移行する。地上波ではサンテレビ土曜深夜アダルトバラエティー枠が終了。

⬛深夜のお色気番組 / 全盛時代 遍歴

◎1960年代 ‐ 深夜番組不毛の時代
テレビ放送における性的・お色気表現が現在よりも厳しく、深夜帯は視聴率が取れないと言われていた頃であり、お色気番組自体の数がまだ少なかった時代。

◎1970年代 ‐ 深夜のワイドショー全盛期
日本テレビの「11PM」、テレビ朝日の「23時ショー」、テレビ東京の「男のスタジオ」・「独占!男の時間」・「独占!おとなの時間」などの番組が人気を得る。当時、情報番組のことはワイドショーと呼ばれていた。

◎1980年代 ‐ 土曜の深夜戦争
フジテレビの「オールナイトフジ」、日本テレビの「TV海賊チャンネル」、TBSの「ハロー!ミッドナイト」、テレビ朝日の「トゥナイト」と「ミッドナイトin六本木」、テレビ東京の「夜はエキサイティング」・「さんまのサタデーナイトショー」といった番組が放送され、土曜深夜で激しい視聴率争いとなり、新聞、雑誌等は大々的に深夜大戦争と銘打った。成人男性向けのお色気番組が人気を得た最後の時代。以後、男性層はお色気番組→アダルトビデオへの転換期を迎える。

◎1990年代 ‐ 女性向けお色気番組の台頭
テレビ東京の「ギルガメッシュNIGHT」・「平成女学園」・「アルテミッシュNIGHT」・「BiKiNi」、フジテレビの「殿様のフェロモン」・「オールナイトフジ・リターンズ」・「A女E女」、日本テレビの「ロバの耳そうじ」、テレビ朝日の「トゥナイト2」といった1960年〜1980年代までの成人男性向けの内容を中心としたお色気番組とは異なり、若い女性が見ても楽しめる明るい雰囲気のお色気バラエティ番組が多く放送された。またヘアヌードブームの反動によりテレビでの裸が飽きられ、その代わりに水着姿の女性やグラビアアイドルが出演する深夜番組(裸が出ない番組)が1990年代後半から2000年代前半頃にかけて増加した。

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