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エピローグ

朝はすこぶる弱い。
それは昔も今も変わらない。
 
低血圧で、体温も低いせいだろうか。
朝のまどろみから、夢と現実を行ったり来たりしながら
なかなか抜け出せずに時間を過ごしてしまう。

だけど、あの朝は明け方4時半だったにもかかわらず
たった一言のおかげで驚くほど早く意識がクリアになった。


「起きて。お母さんが、死んだかもしれない」


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私は中1の女の子。
3か月後には2年生になる。

3人姉妹の末っ子で、両親と姉二人、そして犬1匹と暮らしている。
姉とは年が離れているせいか、よく「ませてるね」なんて言われる。


いわゆる中所得層とでも言うのだろうか、一般的な家の子だと思う。
でもお母さんの口癖は「もったいない」だ。
お金のことに凄くうるさい。
 
テレビから節約情報が流れるもんなら、食い入るように見ている。
電気がつけっぱなしだとすぐ怒るし、私が通ってるピアノ教室を気まぐれで休んだら「もったいない!」と怒り狂って、まるで嵐だ。
時には子供の私が何も言えなくなるくらい、お母さんの方が泣いて当たり散らして手に負えなくなる。

私は何もピアノを習いたいわけじゃない。
お母さんが習わせたいんだ。
習わせることで、きっと安心したいんだ。


私もお母さんの願いをかなえてあげようと頑張るけど、もともと興味がないから遊びたい日だってある。
だからコッソリさぼるんだけど、なんでバレちゃうんだろうなぁ。

さては、先生から連絡があるんだろう。
ほっとけよ。
ほっておいてくれよ。


だけど、そんなお母さんを見てると私の胸は痛む。
あぁ、お母さんの期待に応えられたないダメな私、と自分を責める。
お母さんに自慢の娘だって認めて欲しいから頑張るけど、やっぱり私はダメなんだって落ち込むし、私の気持ちを分かってくれないお母さんに腹が立つ。

私だってさ、お母さんのためにこんなに頑張ってんのに。

何度も言うけど、ピアノが習いたいわけじゃない。
お母さんがやった方がいいって言うから、やってる。
お母さんは不安なんだ。
勉強ができないと幸せになれない、お金が稼げないって思ってるから。

だから私も不安になる。

ハッキリ言って、私にはお金がないと不幸になるなんてまだよく分からない。
本当にそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、そんなことはどうだっていい。
目の前のお母さんの不安がなくなるなら、やる理由には十分だ。


そんなお母さんは、仕事はパートをいくつか掛け持ちしていて、いつもクタクタになるまで働いて、忙しそうだし、イライラしてる。
そしてそんなお母さんを、周りもすごく「頑張ってるね」と褒める。

そうか、お金を稼ぐために頑張ることは、認められることなんだな。


だけどそんなにお金って大切なんだろうか。
普通に生きるだけで、そんなにお金がかかるものなんだろうか。

まったく、将来が不安だ。
大人になんてなりたくないよ。


そのくせ大人は「将来何になりたい?」なんて目を輝かせて聞いてくる。
大人が子供に夢を求めてるんだ。
それっておかしくない?
子供から夢を奪っておいて、自分の夢を子供に背負わせるなんてさ。
だから大人って嫌いだ。
私も大人になったら、そういう大事なものを忘れていくんだろうか。


「稼いだこともないくせに、生意気に」と言われると、何も言えなくなる。

稼いだことがないと、語っちゃいけないの?
なにも頑張ってる姿を否定したいんじゃない。
ただ、お父さんにもお母さんにも、お姉ちゃんたちにも幸せでいて欲しいだけ。
ピアノ教室も、英語の塾もスイミングもいらないから、その分お母さんが上機嫌でいてくれる方が私はよっぽど嬉しいし、安心するんだけどな。

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