🇬🇧留学日記⑧|2分前に間に合った、パリ2025年カウントダウン
明けましておめでとうございます。(そろそろ言わなくなった?)
2025年、パリ凱旋門で年越しをし、とても素敵な体験をさせてもらいました。
ただ、凱旋門に到着したのは
カウントダウン2分前。
2024年、1番ドラマチックだった1日。
凱旋門への出発から時系列で振り返りたい。
凱旋門へ出発
12/31 18:00。ホテルを出る。
そう、結構早めに出てはいたのだ。
凱旋門のカウントダウンは多くの人が集まる。
混雑で凱旋門を見れない可能性も大いにありうると聞いていた。
絶対に見て帰りたい、達成しなきゃ・・・。
その時は完全に、7月の高3のよう。
受験の天王山に向かわんばかりの、これからくる難問(年越し)を乗り越えたい、というエネルギーがあった。すごく青い。
先人たちのブログを読み漁り、必ず勝てるための戦略を立てる。
「19:00に行けば凱旋門を見て年越しができる」情報を得たので、
それよりも早い18:00にホテルを出た。
街には2025グラスを身につけたり、いかにも年越しをしにきた!という人たちが多く、同志の存在に安心感と緊張感を覚える。
パリはまるで東進の自習室かのように映った。
受験と同じく年越しも甘くない。
凱旋門は大晦日の時に激しい交通規制がなされている。
地下鉄は封鎖されるし、凱旋門に通じる道のほとんどが封鎖。
先人ブログで「ここから入れば凱旋門に行ける」道を参考にするも警察が封鎖→別の道に回っても封鎖→警察や他の観光客の人に聞く→封鎖を繰り返す。
どの道が空いているかなんて、インターネットもGoogleさえもお手上げなのである。
最終的に凱旋門に繋がってそうな道(ポンチュー通り)に辿り着くも、
18:30時点ではそのゲートも開錠していない。
満員のエレベーターのように密集した群衆の中で一歩も前に進めないし何もできない状況だった。
ファストパスはこちら
大密集の中であることに気づく。
この道の右手に中華料理屋があった。
そして、店の扉の前までぎっしり人だかりなのに平然と営業している。
これは・・・・・
店でご飯を食べながら群衆の動向を見て、
列が動き始めたタイミングで退店して行列に混じることが可能では!?
混雑を回避しつつ、
適切なタイミングで元の行列にもすぐに戻れる。
そしてこの読みは完全に当たった。
19:30ごろにゲートは開錠され始め、一斉にみんなが動き始める。
そのタイミングを捉えて群衆に戻ることができそうだ。
ファストパスを使ったような優越感と多幸感があった。
そしてお店にはトイレもある。(無料で借りれるのありがた・・・・)
この先ないだろうし行っておこう。
奥にあるトイレのノブを握る。
チャリ・・・?
クラブ風ライト・・・・?
ここで何をすれば良かったのか私は分からなかった。
脱力
19:40
そして私たちは無事に凱旋門前に到着できた。
勝ち確。。。
今このタイミングでここから動かなければ
凱旋門に近いポジションで年越しができるということを確信。ありがとう。
こんな素敵な動画も撮れるかもしれない。
素敵すぎる。
と思いながら帰宅した。
凱旋門を見たら満足してしまい、妙な達成感を覚えたのだ。
もしアニマル浜口と松岡修造と一緒に来ていたら
「気合いだ!君ならできる!」などといって情熱的に残り続けていたかもしれない。
もう一度、外へ
帰宅後23:40までずーっと寝ていた。
正直このまま部屋で年越ししてもいいよねえと思っていた。
ただ、先人のブログを思い出す。
23:50に凱旋門付近のゲートが一斉に開くとのこと。
この後向かうと、ちょうどゲート開錠に間に合いそうだし、
今凱旋門いくとお得そうだな〜とゆるゆるなモチベーションで外に出た。
いつしか凱旋門の代名詞は受験の天王山からスーパーの特売日へと化した。
ゲートに着くと、内側には10人くらいの警察官がいて外には大勢の人がいた。
そして23:50。
待望のゲートが
ひら
かなかった。
どうやら年によって交通整理状態が違うのかな・・・?
突然の出来事
2分、3分と経ってもゲートは開かない。
「もしゲートに入れなくても、さっき撮った写真で年越ししたよ〜って家族に送ろう」
一番腹を割って話すべき家族に対して、偽装工作を考えたりしていた。
そうこうしている間に23:57。
もうカウントダウンは目の前だ。
ゲートの外の群衆は明らかに不安そうだ。そりゃそうだ入れないんだから。
警察に対して詰め寄っている人もいるし、
数分前から諦めて帰路に立っている人もかなり多い。
ゲートの内側には、凛々しく治安を守る警察。
彼らもセキュリティのために易々とゲートを開ける訳にはいかない。
年末年始わざわざ働いてくれている彼らには頭が上がらない。
開けてほしい、開ける訳にはいかない。両者の思いがぶつかる。
「おい、引いた目で見ておいて。お前はどうなんだ?」
と思うかもしれない。
私は待てばなんとかなりそうかな。
と思っていた。
完全に家康の待ち方だ。大成しそう。
加えて、さっきまで寝ていたので頭も回ってなかった。
家康メソッドを導入していたその時・・・・。
警察官と目があった(気がした)。
な〜んかありそう・・・と直感がはたらく。
すると手前にいた警察官が動いた。
そして人が1人入れるかどうかのすこーーーしだけゲートが開き、私のすぐ前にいた小学1年生くらいの子供とその母親らしき人がゲートの中に招かれる。
!?!?!?!?!?
開いた・・・・・・・。
なぜ開いたのか。なぜほそ〜く開いたかよく分からない。
ただこんな機会はないので追随させてもらうしかない。
母親に続いてしなやかにゲートにはい・・・・
れた・・・・!!!!!!!!!
入れた・・・・!?!?
なぜかは分からない。
ただ、ありがとう、パリ警察!
待てばなんとかなった。
そして時刻は23:58。
「やばいやばい入れたね入れたね」ってきゃあきゃあ言っていたけど
冷静に私たちには時間がない。
ゲートから凱旋門までは少し距離があるので全力で走る。
凱旋門前で集まる人々の熱気を左手に、酔っ払いの舞いを右手にシャンゼリゼ通りを走り抜ける。
着いた頃には23:59過ぎ。
そして始まるカウントダウン。
この数分間に起きたことが整理できないままその時はきた。
そして・・・
24:00
HAPPY NEW YEAR 2025!!!!!!!
ギリギリ私たちは間に合った・・・・
ありがとう、パリ。
ありがとう、パリ警察。
2分前に開けてくれてありがとう。
凱旋・・・!!!!!
次に訪れる方へ
毎年交通整理状況がちょっとずつ異なってそう!?なので来年は違うかもしれませんが、
私たちは2025年はこのようなルートで入れました。このカフェを目印に道に入りました。
来年は分かりませんが、大晦日の個人的なおすすめとしては、
諦めなければ道は開く。このカウントダウンから身を持って学んだ。
2025年、忍耐力を持って信じた道を進みたい。
まずは炊飯器の時間を守ることから。
次回:修論の始まり。教授探し編