現世界グルメ「卵かけご飯」
嫌いな言葉がある。TKGという奴だ。卵かけご飯のTamago Kake Gohanの頭文字を取っているらしい。ティーケージー。たまごかけごはん。文字列で言うと他ほど変わりはない。わざわざ略する程のものだろうか。
そもそも、略語と言うものがあまり好きではない。
ある程度、直感的にわかるような、キング・クリムゾンをキンクリと呼ぶのは、納得はいかないものの、まだ許せる。
ブラインド・ガーディアンをブラガとか言われてもピンと来ないし、響きも悪い。
メタル・チャーチをメタチャって何だ。マテ茶の親戚か?
ヘブンス・ゲイトなんてヘブゲだ。何処の毛の話だ?
たむらけんじをたむけんと呼ぶのは、まだわかる。
だが、しむけんって何だ? 志村けんだぞ。ら抜き言葉なのか? 1文字ぐらい面倒臭がらずに発音しろ。
そう言いたい。
まだ、英語が略されるのはわかる。
reimbursementだのimplementationだの、薔薇と漢字で書くようなものだ。これらを略語にするのは理解できる。だが、卵かけご飯だぞ。
そもそも、米も生卵も醤油も、日本人の食生活における役割は大きい。そんな日本の心の具現化とも言える卵かけご飯を、TKG。これは、実に、なんとも、度し難い。
せめて、Raw Egg With RiceでREWR(発音はリヮーか?)にするとか、ローエッグライスにするとか、何ならエッグライスでもいい。何なんだ、ティーケージーって。
日本人は稲作によって栄えた歴史を持つ。
米にアレルギーでもない限り、食べないで過ごす事は難しいとさえ言える。
そして、卵。
世界でも数少ない生卵を食す文化である。卵の品質の高さを、そして、生で鶏卵を食べられる衛生面こそが日本の誇りではないのか。(海外で生卵が食されない理由は、主として食中毒が危険だからである)
そんな日本の心とも言うべき卵かけご飯を、ティーケージー。由々しき事態ではあるまいか。
いや、いい。言うまい。いや、今言ってスッキリしただけかも知れないが、こんな言葉遊びは個人的に気に入らない、と言う以外に正当な理由などないのだ。他人がどう呼ぼうと、自分だけは卵かけご飯と呼べばいい。それでいいのだ。
それに、どう呼ぼうと卵かけご飯の美味しさが変わる訳ではあるまい。
いや、確かにサーモンと呼ぶか鮭と呼ぶかで何となく同じ料理でも味が変わって感じられる事はあるだろう。実際、サケやマス、サーモンとトラウトの違いを説明するのは困難を極めるので割愛する事にしよう。
違う例で言えば、冷静に考えて「目玉焼き」ってのも結構気持ちの悪い名前だ。だが、それを当たり前に受け入れている人がほとんどである。それはそれとして受け入れていくしかない。
ティーケージーと呼ばれたからと食べなくなる訳ではない。名前で味や印象が変わってしまう事もあるが、口の中に入る料理に違いはないのだ。
そもそも、卵かけご飯を「料理」と呼ぶのか、という問題はある。ふりかけをかけただけのふりかけご飯を料理と言うのか、という話だ。
先ほど名前ひとつで長々と文句を垂れ流したので、急に手の平を返すことになるが、何が料理で何が料理ではないか。一番簡単な分類をするなら、「食べられる状態のものは全て料理である」 その工程数は問題ではない。
「簡単料理」「手抜き料理」なんて言葉があるように料理なのである。昭和めかしい爺さんなら「こんな手抜き料理を料理と認めるか!」と怒鳴りつけてくるかも知れないが、残念ながら「手抜き料理」と呼んだ時点で料理なのである。
工程数が問題だと言うなら、スーパーで買って来た刺身はりょうりではないのか? 刺身に対して「あんなもの魚を切っただけで料理じゃない」なんて言うと多くの日本人が怒りを示すことだろう。
そう。刺身を引くのも簡単じゃない。そもそも、魚の内臓を抜いたり、三枚におろすのだって技術がいる。それをやってあるから堂々と料理を名乗っていい。
買って来たものだからと恥じる事もない。スーパーで惣菜を買って来たら、惣菜が料理じゃなくなるなんて事はない。レトルトにも冷凍食品にも工程数は存在する。温める、冷やす、寝かせるだけでも立派な料理と言っていい。
あるいは、最高の状態で提供するために、わざと手を加えない事もある。つまり、手を加えない。その事が工程となる。
つまり、「食べられる状態のものは全て料理でいい」のだ。
したがって、卵かけご飯を料理ではないと言うなら、生米に、洗浄されていない鶏卵を渡す事になる。
そして、炊きたてのご飯に新鮮な卵。卵かけご飯は、日本人にとって至高の料理のひとつだと言えるだろう。
卵かけご飯の魅力は、何と言っても手軽さだ。もうひとつの日本人の心、「お茶漬け」と肩を並べてもいいぐらいの存在である。
おかずは食べ尽くしてしまった。だが、まだ、白いご飯はある。こんな時に最高のパフォーマンスを発揮するのが、お茶漬けと卵かけご飯だ。
手間を掛けさせず、簡単で、しかも美味しい。手軽で安価なのも素晴らしい。
生卵がスープの役割を果たしてくれるから、ツルツルと飲むように食べられる事も利点のひとつだ。
それだけではない。素晴らしいのは、その汎用性の高さである。
先程は食事の追加の一品としての重要性を説いたが、日本の旅館やホテルにおける和食の朝食に生卵はつきもの。
元々は朝どりの卵を食べていた事が朝食の代表格となった原因のひとつだろうが、それだけに起因するなら、献立から消えていたかも知れない。
朝に弱いという人からすれば、さらりと食べられる。また、忙しい朝に手間も時間もかけず作れて食べられる事も生き残った理由なのではないだろうか。
そして、ようやく話の核とも言える部分に触れたい。
そのバリエーションの多さである。多岐にわたる食べ方は、食卓に毎日上がる献立に相応しい。
シンプルに全卵。贅沢に卵黄だけを使う。さらに贅沢に卵黄を2つ入れるとか。
有精卵やブランド卵を使うのもいい。卵の種類ひとつで、目先が変わる。
最初に潰した黄身を入れるのもいい。全卵を混ぜてしまうのもいい。ご飯に乗せた後、潰すのもいいだろう。ご飯としっかり混ぜるのも美味い。また、しっかり混ぜないでまばらな味を楽しむのも一興だ。
醤油にこだわるのもいい。だし醤油にしてもいいし、少し煮詰めたタレにするのも一興である。
タレと言えば納豆ご飯に卵を入れる人も多い。納豆ご飯の主役は納豆とご飯だろうから今回は省くが、卵かけご飯に混ぜるものもバリエーションとなる。
鰹節もいい。しらすも最高だ。ちりめんじゃこも旨味と歯ざわりがいい。オクラも合う。めかぶなんか乗せてもいいし、とろろ芋と混ぜるのも抜群だ。とろろ芋だけじゃない。山芋短冊にしても合う。
とろろ昆布との相性も最高だ。昆布の佃煮なんかもいい。刻んだ沢庵はどうだ? 高菜を加えてもいい。すぐきなんかも合う。
和える・混ぜるだけじゃない。最後に針海苔を散らすのも魅力だ。紫蘇を振り掛けてもいい。トッピングで味や気分を変えられるのも便利なところだ。
それに、海苔と言えば、卵かけご飯を板海苔で巻いて食べるのも乙だ。
それだけじゃない。これだけじゃない。この自由な選択の幅が卵かけご飯なのである。
ただ、個人的なこだわりを言わせてもらうなら、米は相当に重要な存在である。
最高の卵かけご飯には、最高の米が合う。
ただし、間違っても炊きたてのご飯なんて使っちゃいけない。
理由は簡単だ。米の温度が高すぎて、白身のタンパク質が固まってしまうからである。
米は、粘り気の強いコシヒカリより、米の解け具合が良いササニシキを勧めたい。粘り気が強いと塊になってしまい、米の一粒一粒を味わえないからだ。ササニシキだと米の一粒が独立独歩するため、卵かけご飯との組み合わせがいい。水分や粘り気は少ないが、それは白身が補ってくれる。
だからこそ、少し硬めに炊く方がいい。コツンとした歯ごたえや喉ごしが堪らないのである。
そう言えば、贅沢な卵かけご飯に「メレンゲ卵かけご飯」と言うものがあるが、ご存知だろうか。
白身と黄身を分け、白身の方をメレンゲ状になるまで泡立てるのである。ふわっとした舌触りや口どけが楽しめる。メレンゲの硬さは好みでいい。
簡単な卵かけご飯に、メレンゲを立てると言う一手間を加える事によって生まれる贅沢である。
もうひとつ。
黄身を醤油や味噌に漬けておく、と言う卵かけご飯もある。卵の黄身に深い味わいが加わるため、濃厚な卵を楽しめる。これも事前に用意しなければならないため、面倒だが、だからこそ味わえる贅沢だろう。
注意点としては、しっかり漬けてしまうと、黄身が濃厚になりすぎてしまい、卵かけご飯ではなく、卵とご飯になる事だ。自分の中で最高のとろけ具合を探してもらいたい。
個人的に最も贅沢な卵かけご飯は、メレンゲに漬け卵の組み合わせである。
ただ、この場合はご飯と卵の親和性が損なわれやすい。だからこそ、両方とも浅めにするのがポイントだ。
白身はメレンゲになり始めた瞬間に手を止める。漬け卵もとろみが増し、味が染み過ぎない所で引き上げる。
仕上げは、畑のキャビアこと「とんぶり」だ。卵かけご飯の相棒は何であっても大概はおいしいが、時に卵の味わいに混ざってしまう事がある。だからこそ、味わいを邪魔せず、ぷちっとした歯ごたえを加えてくれるとんぶりが相応しい。これをゆるいメレンゲに混ぜる。
米の一粒が独立したササニシキに、白に黒のアクセントを加えたメレンゲを流し込む。そして、中央に色と味わいの深くなったオレンジ色の黄身を落とす。
普段とは世界線の違う、贅沢な卵かけご飯の完成である。
たまらん。これは、御馳走だ。略して、TKGである。
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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。