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「不安だったけれど、面白いと思うことが勝った」神戸大学 源 利文 先生

インタビュアーの大学時代の先生である源先生にお話しをお聞きしました。

水の中の生き物がわかる環境DNAという手法

— 初めにどんな研究をされているか詳しくお聞きしていいですか?

源先生:私がやっているのは環境DNA分析という研究です。環境DNA分析というのは例えば、水の中や土の中にあるDNAを拾ってきてどんな生物がいるか調べるもの。

川に行って水を1L汲むと、水の中に魚やカエルのDNAが溶け込んでいるので、そのDNAを検出することによって、「その川にはこの魚がいます。この生き物がいます。」と判断できるのが環境DNA分析という手法です。主に大きな生き物の体の外にあるDNAを対象にこの手法を使って研究してます。

環境DNA分析は、実は2000年ごろからされてはいたんだけど、その当時の環境DNA分析というのは、水を汲んで、その水の中の微生物のDNAを狙っていたもの。つまり、環境DNAと言いながら「生き物の中のDNA」を狙っていたのが昔の環境DNA。2008年くらいから今も取り組んでいるのは、「生き物の外のDNA」を狙っているものです。
 
水の中には細菌や真菌などの微生物や魚や両生類など大型生物などもたくさんいて、川から汲んできた水サンプルには生きた微生物、微生物の死骸、大型生物から体外に放出された糞などが含まれていて、それぞれにDNAが含まれているんです。私たちは、主に大型生物の体外のDNAを扱っています。
 
水を汲んだって水の中に魚はいないんだけど、魚から放出された魚のDNAは水中にある。この水を分析して、例えばアユのDNAが検出されれば、「この川にアユがいます」ということが確認できます。ここまでの話が基本的なアイディアで、この分析方法を用いて研究をしています。

— すごいことですよね。先生が来られた時、「そんなんわかるんや」と思いました。

「誰も知らなかったことが知りたい」

— 環境DNAの魅力と源先生が「なぜ研究をやり続けているのか」を教えてください。

源先生:環境DNAの魅力は、水の中の魚を調べようと思ったら網を仕掛けたり、釣りをしたりして調べるんだけど、実際のところ池で調べると丸一日かけてやっと何種類かの魚が取れる程度。

それに比べれば、私たちの分析方法だと少なくとも現場の調査は一瞬で、水を汲んだら終わりです。もちろん、分析にはそれなりの時間がかかるけど。。。それがやっぱりこの分析手法ならではの魅力です。

私が「何に魅力を感じて研究してるか」は、基本的には「誰も知らなかったことが知りたい」ということ、もう1つは「面白いことがしたい」。この2つが私の研究の動機。今、環境DNAがたまたまブームなってきていて、人にもよく理解してもらえてるんだけど、別にそうでなかったとしても、多分やっています。

以前、同じような手法を使って水の中のウイルスを調べていました。コイヘルペスウイルスというウイルスが2003年から2004年にどうして日本中に流行したのかよくわからなくて、私たちはいろんな研究の成果で日本で大流行してしまった原因のいくつかを知ることができました。

今している研究ほど簡単には魅力を伝えられないし、パッと一般の人がわかる面白さだけではないんだけれど、今まで知られてなかったことを新しく明らかにできるとすごく楽しいんです。そして、それが面白いから研究を続けているところはあります。

何かを解き明かしたい

— なぜ「誰も知らなかったことを明らかにすること」をめっちゃ面白いと思うようになったんですか?わからないことがあったとしても、自分の好きなものだけ知っていたらいいという方もいらっしゃれば、一般受けや世間に良い風に見られたいためにする方が多くいらっしゃる中で、真逆に近いことですもんね。

源先生:高校生くらいのときに物理とか数学が得意だったので、物理を勉強して「未知の現象を解明するとか、新しい法則を発見するとかが面白いのではないかな?」と思ったんですよ。

でも、高校生なのでちゃんとじゃなくて、ぼんやりと思っていて、結果的に大学理学部に進んだんだよね。その頃から直接、具体的に役に立つことよりも、「何かを解き明かす、誰も知らなかったことを明らかにすること」が面白いことだとちょっとずつ思うようになりました。

最終的に、確実になったのは卒業研究で自分の研究テーマを持って研究をした頃から。その時はなんの役にも立たない研究をしてるんですよ。アユという魚がどんな色を見ているかを、目の中で発現している遺伝子から探る研究をしていました。魚に紫外線が見えていることは、今は知られているけど、昔は知られてなかったんです。

魚の目の中には紫外線を知覚するための遺伝子があることは、ごく少数の論文で出ていて、この研究をしていくと、魚に紫外線が見えていることは特殊なことじゃないことが、私の研究を含めた幾つかの研究で明らかになりました。それは、別に役に立たないんですよ(笑)

役に立つか立たないかはどうでもよくて、遺伝子を調べることで、生き物のことでわかってなかったことが実はたくさんあったって気づけたことが大事なんです。

私が大学生だった90年代に、遺伝子を扱う技術が発展してきて、DNA技術を使うことによって、生物の様々なことを明らかにできそうな時代だったんですよ。そして実際に、明らかにできることが面白かったですね。

この時に、「知らないことが明らかにできたらいい、自分にとって面白ければなおいい」という研究スタイルになってきたかな。意外なことに、環境DNAをし始めたら結構役に立っちゃう(笑)それはそれで別に悪いことではない。ただ、個人的には役に立つことを別に目指してなくて、1番の原動力は、「自分が面白いと思うこと」ですね。

— 知らないことを知れることが面白いことに共感できるのは、多分私もこっち寄り(理系修士)にいたからなのかと思う部分もあります。

給料なしの生活になるかもしれない不安

— 面白くなくなった時期はあるんですか?

源先生:進路に迷った時期は2回くらいありますね。1つはマスターの時、ドクターに進学するのかそれともマスターで出て企業に就職するのか。企業の就職でも研究を活かした就職をするのか、そうじゃない営業等の一般就職するのか。

その時は、まわりは博士課程に進学する学生が多く、13人同級生がいて結果的に12人博士に進学しました。研究は面白いんだけど、「これで食っていけるかな?一生やっていけるかな?そもそもドクターなんて取れるかな?」と本当に迷いました。

その時、その迷いを見透かすように、当時の指導教員が「君はドクターに行って人を教える立場になるんだからもう一歩頑張りなさい。」と言われて、、、悩んでますと伝えてないんだけど、指導教員には見えていたんでしょうね。大学の教員や研究者になることを前提とした声かけをよくしてくれた。後押しされるようで、「少なくともこの人はできると思ってくれている」と思いました。

もう1つ悩んでいた時期は、神戸大学に来る前の研究所に勤めていたとき。その時は基本的に一年雇いの何年までの契約だったんですね。基本的に5年までで、4年過ぎ、5年目になった頃に次の仕事を探すんだけど、年齢的にもちゃんとした常勤のポストに付かないと厳しい時期だったのに、応募しても引っ掛からなくて。

実は、5年切れるのは確実になってしまったんだけど、雇ってくれていた先生とは別の先生が「もう1年だったら雇ってあげるよ」と言ってくれて雇ってもらえたんです。

なんとか一年耐えて、就職活動して、いくつか公募出してたところ、最終的に拾ってもらえたのが神戸大学。あと一年でダメだったらというのが頭にチラチラありました。結婚もして子どももいたので、さすがに給料なしの生活をするわけにもいかないので。。。

実際11月から神戸大学にきてるんだけど、正式に決まったのは10月。あと4ヶ月、5ヶ月で、、、もちろん並行して様々なことしていたんだけど。本当にもう後がないぞという状況。その時は研究者をやめようと思ったんじゃなくて、仕事がなくなっちゃったらどうしようという不安はありました。

— そうだったんですね。そんな経緯があったなんて知らなかったです。

浪人かアルバイトを選ぶという選択もあった

— 色々とは大学以外にも見てたということですか?研究職じゃなく。

源先生:基本的には研究職、大学や公営の研究機関を探してはいたんだけど、もう少し切羽詰まった時にどうしたかはわからないね。半年くらいだったら浪人の道を選ぶのか、それとも、そういうわけにいかないからアルバイトでもいいから別の仕事を選ぶのか、わからないですね。

ただその頃は環境DNAが比較的うまくいっていた時期だったので、なんとかなるのではないかと思っていて、5年目の終わりでいけるつもりだったのに行けなかったけどね(笑)伸ばしてもらった1年間でなんとかなりました。

— 伸ばしてもらうことはよくあることなんですか?

源先生:前いた研究所は基本的にプロジェクト制の研究なので、プロジェクト雇いなんですよ。5年間1つのプロジェクトに従事して終わり、が一般的なんですけど、雇ってくれた先生は、環境DNAにポテンシャルを感じていて投資するべきだと思ったと。おかげで7ヶ月くらい仕事ができました。

不安だったが忙しくてへこんでいる暇はなかった

— 不安を押し込めたというか、気持ちの部分、メンタルの維持はどうされていたんですか?

源先生:メンタルを維持しようと何か努力したわけではないんだけど、しんどかったのは間違いなかったね。その頃めっちゃ白髪増えたし(笑)様々な職を得るための活動に忙しくてへこんでいる暇がないというか、落ち込んでいる暇がなかったです。新しいプロジェクトを自分で立ち上げて、研究所内でポジションを得ることも作戦としてはありました。

その当時、研究所でも若手研究者に研究プロジェクトを立ち上げさせる話が出ていて、いくつか若手が発案したプロジェクトの種をしていく時期ではありました。成功すればそこでプロジェクトしていくこともできた可能性もある。私が種を蒔いていたプロジェクトに本気で取り組んでいた可能性もあったと思うけど、認められていたかはわからない(笑)

当時のルールだと2月にならないと結果がわからない。なので、それだけにかけるわけにはいかないから様々な活動をしていました。もちろん、神戸大学の公募に出すのもその活動の1つ。

— 2月にならないとわからないのは厳しいですね。

たまたまその当時の研究所の所内で同じ神戸大学の丑丸先生に会ったんです。大学院の先輩後輩の間柄なので、「こんにちは!何してるんですか?」みたいな感じ。私は所内のプロジェクトを立ち上げることで仕事が溜まっていて、たまたま職場にいたんです。

環境DNAしてるんだけど仕事が忙しくてなかなか手が回らないことを話したら「次の4回生でまだ研究テーマ決まっていない子がいるから一緒にやらないか」と提案してもらって、その結果、オオサンショウウオの環境DNAを神戸大学の学生と一緒にすることになったんですよ。
 
不思議な縁だなと。その頃は神戸大学にくることは微塵も思って無くて。そもそも公募も出てないタイミング。たまたま一緒に研究してたら、まさに神戸大学から公募が出て、応募したら無事採用してもらったんです。ご縁があったんだなと。

— そんなご縁があったんですね。

感染症の生態学を普及させていきたい

— これから挑戦していきたいことは何ですか?

源先生:いっぱいありますね。今一番やりたいと思っていることは、感染症の生態学ですね。

— それは環境DNAとどんな繋がりがあるんですか?

源先生:環境DNAはツールとして使います。環境DNAは、どんな生き物がどんなところにいるかを調べる道具なんだけど、この情報をすごくたくさん集めると、「どの生き物とどの生き物が関係しているのか、どの生き物がどの生き物に影響を与えているのか」が、わかるはず。この関係を調べる道具として環境DNAは優れていると考えています。

生き物と生き物の関係にもいろんな関係があって、みんなが知っているような食物連鎖のような、食う食われるの関係もあれば、感染症とか寄生虫のような生き物が、どっちかに食う食われるとは別の形のダメージを与える関係もある。ウイルスが生き物かどうかは一旦置いとくとして、ウイルスと人の関係もある。
 
特に強くしたいと思う理由は、日本国内では生態学会で感染症が全然扱われていないからです。一方でアメリカやイギリスの生態学会に行くと、生態学会の中に感染症のセッションがあって朝から晩まで感染症の話ばっかりしている部屋もある。アメリカやイギリスと比べると日本の生態学会における感染症生態学の立場がまだまだ弱いんです。

日本では、お医者さん、獣医さんはもちろん感染症を研究していますけど、生態学側からのアプローチがほとんどない。お医者さん、獣医さんはすごく大事な仕事をするんだけど、基本的には病気になった人、生き物を治すのが仕事なんですよね。

だけど、生態学からのアプローチは、なること自体を未然に予防することにつながるかもしれない。少しいい加減な言葉を使うと、「生態系の健全さを保つと病気が発生しづらい環境ができる」。概念的にはあり得るとみんなわかるんだけども、具体的なことはわかんないですよね。

「健全な環境とは何か」と言われても、原生林がいいのか里山がいいのか、それとも都市緑地がいいのか、それがわからない。みんな自然なんですよね。東京のど真ん中に皇居があって、皇居は緑がすごく多い、なんとなく自然だ、この自然は残したいとみんな思う。

だけど、それは本当に自然なのかというと、必ずしも自然じゃない。さらに言うと、大阪には大きな緑地公園が結構あります。これも自然だと思うんだけど、全く自然じゃないわけですよね。

個人的には感染症が1番興味があることだったので、感染症がどう関係するのか、自然を守ることで感染症を減らすことができるのか知りたいですね。現時点では、感染症の問題は生態学の中でほとんど日本では扱われてこなかったので、もう少しきちんと扱えるようにしたいというのが将来的な野望です。

個人的な意見だが、、、必死で頑張るしかない状況を自らつくる

— 次の世代に向けてメッセージをお願いします。

源先生:私は考え方が理学寄りなんだけど、何かを明らかにすることはすごく楽しいことなので、続けて欲しいと思う。だけど、それで就職できるか心配な人に「大丈夫、できる」と言うわけにもいかない。。。でも、自分が面白いと思うことを続けるのがいいんじゃないのかな。
 
その面白さは人によって違っていて、直接社会に役に立つことが好きな人もいるし、もっと壮大な宇宙の真理を明らかにしたい人もいると思う。自分が面白いと思えることを続けた方が、続くし、頑張れるし、我慢もできる気がしますね。ご飯は食べなければいけないので、簡単なことは言えないですけど。
 
私の個人的な意見ですが、不安定な身分だからといろんなこと後送りしない方がいいかも。私自身は1年契約の繰り返しを9年半していたけど、どうしても研究者の最初の方は不安定な身分になりがち。不安定だと結婚に踏み切れなかったり、子どもを産んで育てられるのかと不安になる。

だけど、「ポスドクだから、不安定だからと結婚を先送りにしたり子どもを先送りするのは逆で、不安定な時にこそ、子どもや結婚したりすることで必死で頑張るしかなくなるから、先にした方がいい」と先輩に言われたことがあります。

いざ結婚してみると、確かに自分1人の時よりは家族がいる時の方が苦しい時に頑張らなければとモチベーションが高くなりました。だから早く結婚しなさいというメッセージを出すわけにいきませんが(笑)

 

源先生ありがとうございました。

キラキラした部分だけじゃない、先輩研究者の皆様の不安だったこと、悩んだこと、どうやって乗り越えたかをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。


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