見出し画像

『ガラスの蜂』エルンスト・ユンガーという「20世紀のゲーテ」と呼ばれる偉人にびっくり。1957年にドローンからバーチャルゲームからフルCG映画まで予見しているSFを書いていることにびっくり。

しむちょーん、読んだよー。と久しぶりに叫んでみる。

『ガラスの蜂』 単行本 – 2019/12/12
エルンスト・ユンガー (著), 阿部重夫 (翻訳), 谷本愼介 (翻訳)

Amazon内容紹介
「ドローンが赤く光った。殺意か警告か――不気味な羽音とともに無数に湧きだす透明な〈幽体〉の軍団。 大戦敗北の屈辱に、ドイツ軍の精鋭が幻視した黙示録は、現代の恐怖となる。 2つの世界大戦を通して地獄を見たドイツ最高峰の知性「20世紀のゲーテ」が、およそ半世紀以上も前に《現代のディストピア》を幻視していた! ユンガーは第一次大戦に出征、死屍累々の惨状からナチス台頭を予見し、第三帝国では森に隠遁して昆虫採集に明け暮れ、戦時はヒトラー暗殺計画の国防軍幹部に宛て極秘回覧文書を起草した。見るべきほどのことは見つ。戦後に洞察したのは恐るべきオートマトン(自動機械)の未来だった。 本書は「ガラスの蜂」全訳に、詳細な訳注(全269項目90ページ)、物語の背景や現代的意義を説く解説「ドローンはSeyn(存在)の羽音を鳴らす」を付す。」

ここから僕の感想。

 まずね、このエルンスト・ユンガーという人が、すごいんだわ。1895年生まれで、第一次大戦に志願兵として出征して数々の勲を立てて、プロイセンの最高勲章を得て帰還する。戦記の傑作『鋼鉄の嵐』を出版。哲学と動物学をライプツィヒ大学で学ぶ。その後、保守革命運動に身を投じ、ハイデガーやカール・シュミットらの共感を得る。ナチス政権誕生を予見する『労働者』というのを書く。すると、当然ヒトラーにも気に入られてゲッペルスにナチス入りを誘われるのだが、ナチスは違う、と断って、1933年には、森に隠遁して昆虫採集生活を送る。で、ナチス全盛の1939年に、ナチスを風刺批判する内容の小説『大理石の断崖の上で』を書いて、ゲシュタポに追われるのだが、パリに逃れて、パリで国防軍に入る。このあたり、日本人にはよくわからない感覚だと思うのだが、国防軍(正規軍)には「反ナチス」の勢力がいて、第一次大戦の英雄ユンガーを守ってくれた、ということみたいなのだよね。そんな中、書いた、戦後の欧州再生ビジョンを書いた秘密文書「平和」は、反ナチスの軍幹部に回覧され、1944年7月のヒトラー暗殺未遂計画の支柱となった。(あの、トム・クルーズ主演映画、「ワルキューレ」は、この暗殺未遂事件を描いた映画)。当然、関与を疑われるのだが、逃れる。しかし、長男が「総統の死刑を口にした」と嫌疑をかけられ、イタリアの激戦地に送られ、戦死する。

 というふたつの戦争にまたがって、軍人としても、思想家としても、その動乱のど真ん中で、節を曲げずに、しかも死なないで生き延びて活躍したという、こんな人、いないでしょうという人物なのでした。そして、戦後も思想哲学文学、ハイデガーとの往復書簡など旺盛な執筆活動を続け、20世紀のゲーテと呼ばれているらしい。しかもすんごい長生きして、1998年、102歳で死去。って、すごすぎる。

 そして、この本が。SFなんだわ。1957年に書かれた小説。

 なんか、うまく読めなくて、ふたつの大戦間の時代を舞台にしているのように思って読み始めたのだけれと、第二次大戦後のことのようでもある。第一次大戦で騎兵として戦い、騎兵の時代が終わっていて、歩兵の機銃掃射で負傷する。その後、騎兵学校の同期は出世を重ねるのだが、主人公は偏屈な性格で出世しそこねる。戦車の生産管理と、そのの技術を教える教官という、まあ、閑職専門職として働いていたのだが、(これが第一次大戦末の話なのか、第二次大戦の話なのかが、よくわからなかった)。そして戦争が終わった後、仕事にあぶれ、職探しをしている、というのが主人公。この主人公に、騎兵学校時代の同級生が、求人を紹介してくれるのだが。

 その求人というのが、イタリア人の「ハイテク起業家」、いまや一大産業を興した人物の、何やら、きな臭い仕事。
このイタリア人起業家のやっている企業の内容というのが、これ、1957年に書かれた小説なのだが、びっくりするほど、現代のハイテク企業の事業内容なの。

 様々な仕事をする小型ロボット、人型ロボット(ほぼ人間と区別のつかないアンドロイド)、そうしたものを応用した玩具、アンドロイドが演じる映画、その中に人間が没入投影して遊べるゲームらしきもの。そんないろいろをイタリア人は開発して大成功する。

 つまり、ルンバみたいなロボットから、ペッパー君みたいなのから、任天堂やソニーがやっているようなエンターテイメント、ゲーム、映画をCGで作って、みたいなことまでの一大コングロマリットを、このイタリア人は一代で築いているわけ。そして、そういう技術を、当然のように軍事転用もしているようで、ドローンも作っているらしい。

 ドローンって、もともと何を意味するか知っていた?ドイツ語でDrohn、英語でDrone、ミツバチの中の、働きバチでも女王バチでもない、女王バチと交尾する以外は何にもしない雄バチのこと、ドローンていうんだって。

 このイタリア人起業家は、透明な人工蜂ドローンを作っていて・・。

 求人の面接に行った主人公が、イタリア人の邸宅の庭で、はじめは美しい自然だと思っていた中に、人工の蜂を発見し、という体験の中で、自らの生い立ちから、戦争、技術、様々なことを回想したり思索したりする、という小説なんですね。

 1957年に書かれたものにしては、技術とか製品とか産業とかについての予見が、あまりにも現代を見事に予測していて、この人、なんか、幻視とかそういうことができたんではないかと思ってしまうほど。SFとしての、そういうことにまず驚かされる。

 のだけれど、この本、この小説の本当にすごいところは、それだけではない。小説本文200ページに対し、訳注が90ページついている。そして、訳者解説が20ページついている。小説本文200ページに対し、訳者があれこれ書いているのが合計110ページ。この本、訳者 阿部重夫さんの本といってもいいくらいなの。とにかく、ものすごい教養人。ユンガーさんのもとの文章が、カールシュミットやハイデガーに影響を与えたくらいなのだから、とにかく、ものすごい教養満載で、ギリシャローマからキリスト教史から、ドイツの中世から近代までの様々な政治、戦争、思想についての膨大な知識が背景にある。それを、阿部重夫さんは、ほんのささいな細部についても、「これは、この故事、この事実、誰それのこの言葉から引いている」という解説を、もうこれでもかというほど事細かに訳注をつけてくれる。この本、訳注読むだけでも、すごい勉強になるけれど、すごい疲れる。200ページの小説本文より、90ページ訳注読む方が時間がかかったと思う。

 僕は、大学に入った時、第二外国語はドイツ語を取って、「ニーチェとかなんやら読むんだー」などとふわふわ考えたが、語学が全くできなかったのと、全く大学行かなかったのと、とにかくドイツ語はひとかけらも読めるようにはならなかったのだが、もし真面目にドイツ語勉強して、ドイツ文学とか、哲学とか、そっち方面に進んでいたら、(いや、100%、なかったんだけれど)、こういうややこしいことを、読んだり考えたり勉強したりしなければならなかったんだなあ。という、ありえないけれど、あったかもしれない可能性について、読みながら、考えていました。無理無理。

 一番最後の訳者解説も、保田與重郎の難解な悪文は、ドイツの難解な哲学思想書の悪訳のようだ、という話から始まっていて、保守思想と、難解な悪文の相関のようなところから、説き起こしていく、「解説文」というよりも、阿部さんのエッセイとして面白い。

 ということで、SFとして、ドイツの歴史と思想についての教養書として、阿部重夫さんという日本の碩学のエッセイとして、何重にも楽しめる本です。


 とはいえ、その中心は、戦争と技術と人間をめぐる、過去から未来に向けた思想を、主人公の人生、思考をフィルターとして描くという、短いけれど情報内容てんこ盛り小説なわけでした。直接、ナチスのことは書いていないけれど、ナチス的暴力に、人間が、どう巻き込まれていくか。それから解放された先には、テクノロジー監視社会に、人間が、どう巻き込まれていくか。過去から未来に向けた、人間と暴力と技術の関係。

 考えることかあまりにたくさんありすぎる小説でした。エルンスト・ユンガーさん。知らずにいたのが恥ずかしい。すごい人でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?