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『2034 米中戦争』エリオット・アッカーマン (著), ジェイムズ・スタヴリディス (著) 元NATO軍最高司令官が書いた近未来軍事小説だぞ。日本はまる出てきませんが、アメリカにとっての悪夢のような最悪のシナリオがずんどこテンポよく進んで、あっという間に読んじゃいました。

『2034 米中戦争』 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション) 2021/11/11
エリオット・アッカーマン (著), ジェイムズ・スタヴリディス (著), 熊谷千寿 (翻訳)

 ふだん僕はあんまり読まないタイプの、近未来戦争シミュレーション小説なんだが、Facebook友人の菊地さんが「佐藤優氏が先月2泊4日でイスラエルに強行渡航した際に現地イスラエル高官から薦められた本」ということで紹介してくれたので、読んでみた。

 これがね、すごく面白かった。著者がね、二人いるのだが、そのうちの1人が

「ジェイムズ・スタヴリディス Admiral James Stavridis
1955年生まれ。アナポリス海軍兵学校を卒業後、海軍へ入隊。複数の駆逐艦や空母打撃群の指揮を執り、7年にわたり海軍大将を務める。
 2009年にNATO(北大西洋条約機構)欧州連合軍最高司令官。2013年より5年間タフツ大学フレッチャースクール学長を務めた。
「第二次世界大戦以降、米海軍でもっとも頭脳明晰であり、もっとも優れた戦略家」ともいわれている。」

NATOの最高司令官だったほんまもんの超エリート軍人なんだわね。

で、もう一人の人が

「エリオット・アッカーマン Elliot Ackerman
1980年生まれ。タフツ大学で文学と歴史を学んだ後、8年間海兵隊特殊部隊に従軍。
 退役後、イラン、アフガニスタンなどでの体験をベースにしたフィクションやノンフィクション作品を執筆。
全米図書賞(ノンフィクション部門)にノミネートされた。」

 という「海兵隊特殊部隊」という現場最強部隊から一足お先にジャーナリストになっていた人なんだな。

 でね、なんというか、国際政治と軍事の「近未来シミュレーション」としてよくできているだけじゃなく、登場人物の人物造形とドラマ作りが、この手の小説としてはすごく上手にできているんだわね。「政治と軍事の話をするために、とりあえず操り人形みたいな不出来な人物が、ぎこちない稚拙なドラマを演じている」という感じではない。まあまあの出来のハリウッド軍事映画超大作くらいの感じである。

 あらすじは、読む人のためにネタバレしないようにAmazon内容紹介は引用しないけれど、南シナ海、南沙諸島のところで今も米軍がやっている「航行の自由作戦」という、中国が領有を主張している海域を、米海軍の艦隊がただそこを堂々と航海する、というのを2034年になってもやっているわけだが、その頃には中国海軍もものすごく量的にもでかくなってアメリカと拮抗するくらいになっているのだが、それだけではなくて、アメリカが気づかない間にサイバー攻撃能力、ある技術でアメリカを完全に凌駕圧倒してしまっていた、という、そういう中で、さて中国がどう出るか、アメリカはどうするの、という話なんだな。

  日本はね、ひとかけらも出てきません。主要登場人物は、アメリカの、その航行の自由作戦で駆逐艦隊を指揮するサラ・ハントという女性の海軍大佐、ある作戦でイランに捕まっちゃう戦闘機乗り、ひいおじいちゃんから四代のトップガン、クリス・ミッチェル、安全保障担当大統領補佐官で、インド系のサイディ・チョードリ補佐官。この三人がアメリカの主人公。

  これに、
◆中国の在米大使館国防武官 林保、この人が中国側主人公。
◆イランの革命防衛隊准将 ガーセム・ファルシャッド。この人がイランの主人公。

で、さっき出てきたアメリカの大統領補佐官のおじいちゃん、は
◆インドの退役海軍中将でアナンド・パテル。この人がインドの主人公。

アメリカと中国とイランとインド。これにロシア人がちょっと出てくる。そういう世界なのである。主要登場人物と、その国は、ほんとに、こんだけである。

 そもそも「日本」という単語も、小説中、1回かな、出てきたの。2回出てきたかなあ。うーん。「横須賀」は、米海軍の南シナ海と中国担当の本拠地だから「横須賀」はたくさん出てくるけど「日本」は出てこない。日本人も一人も出てきませーん。

 まあ、西ヨーロッパの人も一人も出てこないし、中東もアラブ人もイスラエル人も出てこないから、ことを単純化しているのだが。

 それにしても、南シナ海から台湾有事へと展開するのに、日本はただの米軍基地なんだよーん。アメリカの軍人トップから見た世界の未来と、日本の位置づけはまあ、そんなもんなんだろうな。

 でね、この話、「アメリカにとって最悪のシナリオ」が、もう止めようもなくズンドコ進むのである。すごくテンポがいい。躊躇なし。テレビドラマシリーズ「24」くらいずんずんストレスなく話が進む。無用のタメなし。しかし、人物描写や、中国の、なんかこういう権力構造なんだろうなあというのはちゃんと描かれている。中国、こわいよ。いや、力関係が逆転したことを受け入れられず暴走するアメリカの高官も怖い。

 あとね、アメリカ大統領は出てくるんだけど、名前が無いの。女性で、どういうわけか民主党でも共和党でもない大統領が選ばれてしまっていて、「大統領」としてときどき登場するのだけれど、名前も無いし、ほとんど大事な役割はしないんだよね、これも、こういうシミュレーション小説としては画期的。

 日本も、アメリカ大統領も、全然出てこない、活躍しないんだけれど、ちゃんと面白いのである。映画になりそうだし、菊地さん情報では好評につき続編も出ているのだそうだ。

 原の紹介する純文学には興味がないぞ、という人も、これは、ちょうど数日前に中国機の日本領空侵犯があったりもしたし、台湾有事も気になるし、ロシアやイランの動きも気になるし、インドってウクライナ戦争でも米ロの間に立って中立的な立場だしどうなのよ、みたいな、そういうことがいろいろ気になる人は、読んでみたら面白いと思うぞ。米海軍の最高の知性にしいて、NATO軍の最高司令官だった人が見ている現在と未来の世界の姿を、なかなかに面白い小説で覗き見できちゃうのである。


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