【コラム】前哨戦から読み解く第96回アカデミー賞
アメリカ・ハリウッドで第96回アカデミー賞授賞式が日本時間の3/11㈪に行われます。
そもそもアカデミー賞ってどういうものなの?
国際映画祭とゴッチャになりがちですが、大きな違いは作品が既に公開されているか否かです。
映画祭はプレミアと呼ばれる初公開をステータスとしています。
ワールドプレミア、インターナショナルプレミア、アジアプレミアなどなど。
カンヌ、ベルリン、ヴェネチアなど権威ある国際映画祭では殆どが世界初お披露目の作品が並びます。
一方、アカデミー賞はその一年、アメリカで公開された作品の中から優秀な作品を選ぶ祭典です。
もう一つ大きな違いは、賞を選ぶ人たちです。
国際映画祭は著名な映画人を数名集め、審査員団として独断と偏見で賞を決定します。
なので、誰が誰に与えた賞なのかも楽しめたりします。
アカデミー賞はアカデミー会員による投票で賞が決定します。
このアカデミー会員とは、アメリカの映画業界で働いている人々です。
もちろんそこには、役者や監督、スタッフなど様々な職種の人がいます。
アカデミー賞とは、一年間必死に働いた同胞たちを労う謂わば壮大な慰労会なのです。
彼ら会員はその職種によっていくつかの支部に所属しています。
その支部が主催する映画賞がアカデミー賞の前哨戦と呼ばれるものです。
これらは投票する人たちがアカデミー賞と被っているので自ずと近い結果を残すことが多いです。
さらに外国人記者が投票権を持つゴールデングローブ賞や映画の批評家たちが選ぶ賞がアカデミー賞直前にいくつも発表されます。
これら前哨戦の行方がアカデミー賞にも影響を与え、盛り上がる要因にもなっています。
このコラムでは、主要部門と呼ばれる賞を中心に焦点を当て、過去10年間の前哨戦のデータを踏まえて結果予想をしていきたいと思います。
今回の前哨戦の受賞結果を作品ごとに色分けして眺めてみると、やはり『オッペンハイマー』の強さが分かります。
作品賞だけでなく、監督賞や俳優賞でも有力なコンテンダーを輩出しています。
他には外国語作品である『関心領域』と『落下の解剖学』の健闘も目立ちます。
【長編アニメ映画賞】
[ノミネート]
『君たちはどう生きるか』
監督:宮崎駿
『マイ・エレメント』
監督:ピーター・ソーン
『ニモーナ』
監督:ニック・ブルーノ
トロイ・クエイン
『ロボット・ドリームズ』
監督:パブロ・ベルヘル
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
監督:ホアキン・ドス・サントス
ケンプ・パワーズ
ジャスティン・K・トンプソン
[前哨戦データ]
この部門ではディズニー作品が無類の強さを見せています。
特にピクサーと共に製作された作品群は高確率で受賞に至るという状況でした。
しかしここ数年、ディズニー本体の劇場公開に関する方向転換や続編を連発するというピクサーの戦略が作用して一強という牙城は崩れたと言っても過言ではないでしょう。
今回は『君たちはどう生きるか』と『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の完全な一騎打ちという様相を呈しています。
[受賞予想]『君たちはどう生きるか』
『君たちはどう生きるか』が長編アニメ映画賞を受賞する
と予想します。
今回はかなり終盤まで混戦状態です。
ですが、前哨戦で比較的一致率の高いゴールデングローブ賞とアニー賞を獲った『君たちはどう生きるか』にかけてみます。
ジブリ作品は元々アメリカでも知名度が高かったですが、今作は興行的な成功という追い風が吹いており、スパイダーマンは前作『スパイダーマン:スパイダーバース』でも受賞しているので、勝機は宮崎駿に傾いていると見ました。
【国際長編映画賞】
[ノミネート]
『Io Capitano(原題)』(イタリア)
監督:マッテオ・ガローネ
『PERFECT DAYS』(日本)
監督:ヴィム・ヴェンダース
『雪山の絆』(スペイン)
監督:J・A・バヨナ
『ありふれた教室』(ドイツ)
監督:イルケル・チャタク
『関心領域』(イギリス)
監督:ジョナサン・グレイザー
[前哨戦データ]
今年度の前哨戦における覇者は、カンヌ国際映画祭でもパルムドールを受賞した『落下の解剖学』でした。
しかし、今回『落下の解剖学』はフランス代表ではなく(フランス代表はトラン・アン・ユン監督『ポトフ 美食家と料理人』)この部門にはノミネートすらされていません。
『PERFECT DAYS』が日本代表としてノミネートされていますが、監督はドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースです。
それとは別に『ありふれた教室』がドイツ代表としてあったり、イギリス代表の『関心領域』はドイツ人キャストを起用して、ドイツ語で語られるポーランドの話なので、今回の最終候補には何かとドイツに縁がある作品が多く残りました。
[受賞予想]『関心領域』(イギリス)
『関心領域』が国際長編映画賞を受賞する
と予想します。
『落下の解剖学』がないとすると、自ずと『関心領域』が浮かび上がってきます。
前哨戦でもいくつか獲っていますし、主要部門にも食い込んでいる作品なので、近年の傾向からも固いと思われます。
【オリジナル脚本賞】
[ノミネート]
『落下の解剖学』
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『マエストロ:その音楽と愛と』
『May December(原題)』
『パスト ライブス/再会』
[前哨戦データ]
ハリウッドで脚本家といえば、昨年の夏から長く続いたストライキが思い出されます。
実はこの影響で、いつもはアカデミー賞前に発表される全米脚本家組合賞が4月にずれ込むこととなりました。
それがどう影響するのかは分かりませんが、外部からの予想は難しくなりました。
[受賞予想]『落下の解剖学』
『落下の解剖学』がオリジナル脚本賞を受賞する
と予想します。
圧倒的な有力作品がない中での予想ですが、他の部門でのノミネートがありながら受賞が難しそうな『落下の解剖学』への票がこの部門に集中する可能性を考えます。
前哨戦一致率では、クリティック・チョイス・アワードの80%が断トツですが、今年度は『バービー』という意外な選出となったため、スルーしました。
そもそもアカデミー賞では、なぜか『バービー』がオリジナル脚本賞ではなく、脚色賞にノミネートされるという不可解なことが起きています。
【脚色賞】
[ノミネート]
『アメリカン・フィクション』
『バービー』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』
『関心領域』
[前哨戦データ]
脚本に関する賞は、前哨戦によってはオリジナルと脚色をまとめているところもあります。
そうなるとどうしても作家性を発揮しやすいオリジナルが優勢となってしまうことも。
なのでサンプルが取りづらく、予想は困難になりがちです。
[受賞予想]『アメリカン・フィクション』
『アメリカン・フィクション』が脚色賞を受賞する
と予想します。
今回は前哨戦で複数の受賞を果たしているのが『アメリカン・フィクション』ぐらいだったので、迷わずこの選択になりました。
【助演女優賞】
[ノミネート]
エミリー・ブラント
『オッペンハイマー』
ダニエル・ブルックス
『カラーパープル』
アメリカ・フェレーラ
『バービー』
ジョディ・フォスター
『ナイアド ~その決意は海を越える~』
ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
[前哨戦データ]
キャスト賞全般に言えることですが、アカデミー賞との一致率は圧倒的に全米映画俳優組合賞が高いです。
昨年度のジェイミー・リー・カーティスのサプライズ受賞でさえ、この全米映画俳優組合賞は彼女を選出していました。
[受賞予想]ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』が助演女優賞を受賞する
と予想します。
前哨戦の結果だけを考えると、他に選択肢はありません。
“総なめ”という表現が時々使われますが、本当に全てで受賞しているという状態はここ数年、他の部門を見渡しても見たことがありません。
それほど『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のダヴァイン・ジョイ・ランドルフは強いです。
今回のノミネート作品の中では、最も遅く日本公開される作品ですが、本当に楽しみです。
【助演男優賞】
[ノミネート]
スターリング・K・ブラウン
『アメリカン・フィクション』
ロバート・デ・ニーロ
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
ロバート・ダウニー・Jr.
『オッペンハイマー』
ライアン・ゴズリング
『バービー』
マーク・ラファロ
『哀れなるものたち』
[前哨戦データ]
この部門は俳優組合賞はもちろんクリティック・チョイス・アワードもアカデミー賞との一致率が脅威の90%です。
ノミネートの顔ぶれを見てみると、前哨戦前半の批評家筋から人気の高かった『May December(原題)』のチャールズ・メルトンが外れています。
[受賞予想]ロバート・ダウニー・Jr.『オッペンハイマー』
ロバート・ダウニー・Jr.『オッペンハイマー』が助演男優賞を受賞する
と予想します。
一致率の高い前哨戦での成績を考慮すれば、彼が妥当です。
MCUでのアイアンマン役を卒業し、この先のキャリアを考えた時にこのような敵役で素晴らしい演技を見せてくれるのはとても嬉しいです。
奇しくもこの部門でライバルとなるのは、同じくアベンジャーズのハルクだったマーク・ラファロです。
授賞式ではそんな絡みも見られるかも。
【主演女優賞】
[ノミネート]
アネット・ベニング
『ナイアド ~その決意は海を越える~』
リリー・グラッドストーン
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
ザンドラ・ヒュラー
『落下の解剖学』
キャリー・マリガン
『マエストロ:その音楽と愛と』
エマ・ストーン
『哀れなるものたち』
[前哨戦データ]
この部門はゴールデングローブ賞がドラマ部門とミュージカル・コメディ部門に分かれ2人に主演女優賞を与えることから、一騎打ちの構図になることが多くあります。
昨年度の 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のミシェル・ヨーと『TAR/ター』のケイト・ブランシェットのように。
今回は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンと『哀れなるものたち』のエマ・ストーンでしょう。
[受賞予想]リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が主演女優賞を受賞する
と予想します。
ネイティブアメリカンとして初の主演女優賞にノミネートしたリリー・グラッドストーンが、そのまま初の受賞まで突き進むストーリーが見えます。
【主演男優賞】
[ノミネート]
ブラッドリー・クーパー
『マエストロ:その音楽と愛と』
コールマン・ドミンゴ
『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
ポール・ジアマッティ
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
キリアン・マーフィー
『オッペンハイマー』
ジェフリー・ライト
『アメリカン・フィクション』
[前哨戦データ]
こちらも『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のポール・ジアマッティか『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィーかの二択といった状況にほぼなっています。
[受賞予想]キリアン・マーフィー『オッペンハイマー』
キリアン・マーフィー『オッペンハイマー』が主演男優賞を受賞する
と予想します。
作品パワーを考えても『オッペンハイマー』組は強いでしょう。
さらに過去の結果を踏まえても、アカデミー賞はコメディ作品に厳しく、実在の人物を演じた俳優に優しいという傾向があります。
【監督賞】
[ノミネート]
ジュスティーヌ・トリエ
『落下の解剖学』
マーティン・スコセッシ
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
クリストファー・ノーラン
『オッペンハイマー』
ヨルゴス・ランティモス
『哀れなるものたち』
ジョナサン・グレイザー
『関心領域』
[前哨戦データ]
ノミネート発表の段階で『バービー』のグレタ・ガーウィグが外れるというサプライズがありました。
今回はとことん『バービー』は冷遇されている印象があります。
この部門の一番のコンテンダーは『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーラン、二番手に『関心領域』のジョナサン・グレイザーといったところでしょうか。
共にイギリス人監督で、他にもジュスティーヌ・トリエはフランシ人、ヨルゴス・ランティモスはギリシャ人というなんともこの部門らしい多国籍なノミニーが並びます。
[受賞予想]クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』
クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』が監督賞を受賞する
と予想します。
前哨戦で着実に結果を残してきており、影響力の強い全米監督組合賞を獲ったことで確信しました。
これまでアカデミー賞では中々結果を残せていないクリストファー・ノーランがようやくという感慨深さもあります。
【作品賞】
[ノミネート]
『アメリカン・フィクション』
監督:コード・ジェファーソン
『落下の解剖学』
監督:ジュスティーヌ・トリエ
『バービー』
監督:グレタ・ガーウィグ
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
監督:アレクサンダー・ペイン
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
監督:マーティン・スコセッシ
『マエストロ:その音楽と愛と』
監督:ブラッドリー・クーパー
『オッペンハイマー』
監督:クリストファー・ノーラン
『パスト ライブス/再会』
監督:セリーヌ・ソン
『哀れなるものたち』
監督:ヨルゴス・ランティモス
『関心領域』
監督:ジョナサン・グレイザー
[前哨戦データ]
作品賞の過去5年間の前哨戦受賞結果では、圧倒的な強さでそのまま作品賞をかっさらっていったのは2020年度の『ノマドランド』ぐらいです。
毎年、終盤や本番で番狂わせが起きます。
そんな中アカデミー賞との一致率では、全米製作者組合賞が他から抜け出ています。
5年間で4作品が一致しており、10年と遡っても7作品が一致しています。
[受賞予想]『オッペンハイマー』
『オッペンハイマー』が作品賞を受賞する
と予想します。
決め手は全米製作者組合賞での受賞です。
加えて全米俳優組合賞でもアンサンブルキャスト賞を受賞しています。
アカデミー会員の中で最も数が多いとされる俳優たちから評価された作品が勝つというジンクスを信じます。
作品賞のノミネート作品が現在の数に増えたのは、『ダークナイト』がノミネートから漏れた際のブーイングの大きさがキッカケだと言われています。
ついにクリストファー・ノーランが結果で応える時が来るのか、見ものです。
ここまで書き綴ってきた予想などは、あくまでも前哨戦の結果や漏れ伝わる作品内容から想像する立ち位置から判断したものです。
記事執筆段階で鑑賞出来ていない作品もあります。
なので、受賞結果を予想する際の参考程度に気軽に楽しんで頂ければ幸いです。
アカデミー賞授賞式は日本時間で3/11(月)の午前中に行われます。
中継を行うメディアもありますし、Xなどのソーシャル・メディアでも盛り上がることでしょう。
華やかな式典や予想ゲームを楽しみつつ、ぜひ映画館などで映画本編も鑑賞頂ければと思います。