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わたしは「わたし」なのか?

わたしは本当に「わたし」で生きているのか?そんなことを考える人はもしかしたら少ないのかもしれない。わたしも、全く疑わずに長いこと生きてきた。でも、生きていて、なにか違和感をいつも感じたりすることはないだろうか。もしかすると、それは、あなたが自分というものを取り戻すサインかもしれない。誰だって、自分の人生を生きたい。何よりも、あなたの魂はいつもあなたに訴え続けているはずだ。

顕在意識(意識)と潜在意識(無意識)という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。人間が日常で意識している部分は氷山の一角と例えられる。たったの3-5%がその顕在意識だ。そして、95-97%もの潜在意識は私達を支配しているにも関わらず、忙しさに紛れてしまっている。この知識は昔からあったけれでも、わたしは忙しさに気をとられ、深く考えずに来てしまっていた。

実は、わたしは「わたし」でなかった。ここ数年で気づけたのだ。どういうことかというと、社会の刷り込みや親の期待に知らないうちに呑み込まれ、自分を抑圧し生きていたということをハッキリ自覚したのだ。わたしは自分の就きたい職業に就き、夢を叶えていたと思っていたし、恵まれた家族で育ち、仲良し家族でいつも助け合って生きてきた、そう思っていた。ところが、今となっては全く、その家族の一員のわたしは本当の「わたし」ではなく、そうならざるを得ない環境に育っていた。わたしは、その過程を自分の中で筋道を立てて説明できるまでにとことん突き詰めた。

このわたしを取り戻す作業は、自分の悩みの原因が何かを知ったことから始まった。コロナ禍流れてきた情報をキャッチし、一瞬で謎が解け、心は落ち着いた。20代から違和感や葛藤、腑に落ちない感覚があった。心が疲れ果てて、自分は鬱ではないかと疑い病院に行っても「君は違う。」と診断されてしまう。そういう自分のことなのに、自分がよく分からない感覚、人生で躓いてしまうけれど対処の仕様がないもどかしさを感じていた私は原因を知ったことです~っと心が軽くなった。こんなにも目の前が明るくなるのかと自分でも驚くくらいだった。その時は衝撃を受けたし、研究した博士や日本で発信してくれた方々には感謝している。後は、対策をするだけとなった。

ところが、これだけでは終わらなかった。一度はハマったものの、自分の人生に役立てることができなかったからと離れていた占星術にもう一度触れる機会が訪れ、しっかりと学ぶことを選んだ。コロナ禍ということもあり、時間をたっぷりとかけ学び、同時に心理学やカウンセリング、自分癒しについても学校で学ぶこととなった。また、夫の影響で、社会の仕組みにも関心が高まり、宗教や学校、世界の仕組みについての情報も同時に吸収した。

そうした中で、自分が他人の思いに敏感なために父の願いをそのまま自分の願いにすり替えていたこと、働く母の機嫌をケアしていたこと、などなど、幼少期の影響が自分の人格形成にどのような影響を及ぼしていたのか、紐解くことにも取り組んだ。

そして、今、わたしは「わたし」であると実感できるようになり、じんわりと心が満たされて日常を過ごすことができるまでになった。やっと、わたしの人生が始まったのだ。誰かの価値観でもなく、願いでもなく、わたしがやりたいことに挑戦する。自分で決めて、自分が感じて、何かをした結果が例え上手く行かなかったとしても、そんなのは当たり前だから、それでいいと思える。やっぱり自分の人生は自分が決めて歩んで行きたい。そんな当たり前のような思いで過ごせるようになった。

ある古典を熟読してるのだが、人間関係の始まりは「わたしを知ること」だとはっきりと書いてある。最近はよく書いてあることかもしれないが、わたしが「わたし」であるかなんて考えもしなかったので、気にもしていなかったし、自分のことはよく知っていると思い込んでいた。人間は自分のフィルターを通して、出来事を見る。「わたし」がブレていてはしっかりと相手を判断することができない。フィルターを色眼鏡でも望遠鏡とでも例えてみたら分かりやすい。揺れていたり、ピントが合っていなければ、正確に物事を見ることができない。わたしが度々人間関係に疲れ果ててしまう原因が分かった途端、人間関係を自分である程度はコントロール出来るようになったように、「わたし」をしっかりと認識することは自分の人生において第一歩だ。

さて、あなたは「あなた」ですか?

そうだ!絶対と言える人もいるだろうし、よく分からない人もいるだろう。仕事が忙しくて、そんなことを考えている暇はないという人もいるだろう。わたしは「わたし」を知るツールとして、様々なタイプ別診断も有効だろうと思う。しかしながら、意識した状態の選択肢の回答は、あなたの潜在意識を加味しているかまでは分からない。そう言った意味で、古代から消滅の危機を乗り越えながらずっと存在し続ける叡智、占星術を使って、「わたし」を紐解いてみるのも1つの手だ。わたしは、誰かのアドバイスや断片的な探究で失敗してきたので、とことん、自分の深掘りをしつつ、占星術のエッセンスを取り入れるのもかなり有効で効率的だと考えている。

なぜなら、親子問題も自分の本質も人生の流れも、生まれた時の星の配置に表れていたのだから。

占星術は昔から好きだった。けれど、占いが好きと言うと心の弱い人、自分で決められない人とレッテルを貼ってくる人はいた。事実だろうか?わたしは全ては否定しないけれども、そうとも言い切れないのではないかと思う。占星術の世界観があなたの人生を良い意味で諦めさせることも出来るし、あなたの人生の扉を開く可能性も秘めている。

現実が幻想であるかもしれないと疑わずに自分の人生だと信じ、生ききる人もいる。それで幸せならそれもいいかもしれない。ただ、もし、わたしは「わたし」なんだろうか?と過ぎったことがある人は、日々の忙しさの中に自分を見つめる時間を捻出し、わたしは「わたし」なのかを確認してみてはどうかと提案する。











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