民間武術探検隊 ~通背の郷 2~
「伸肩法」- 祁氏通背拳小架式(五行通背拳)の最重要基本功であり、通背拳の全ての招法に通じる力を養う事から「通背之母」と称される。
昔日の修行者は、いくつかの基本功とこの伸肩法だけを何年にも渡って練ったと言われる。
一見すると手を交互にゆっくりと前へ突き出しているだけの動作であるが、いろいろな注意点や、さまざまな練習方法があり、その動作に含まれる意味は奥が深い。
通背拳修行者は、伸肩法によって「通背(腰背から生じた力を肢体に通じさせる)」を学ぶのだ。
第二章 伸肩法の謎
「あの時」とは、二年前の大連は労働公園。
「あの人」とは、通背拳の夏重規老師(恐い顔)である。
「民間武術探検隊再び」を読んだ事のある人は、「あぁ、あれか」と思い出していただけるかもしれない。
しかし、よく憶えている人は、「えっ、あの時、そんな事あったっけ?」と思われるかもしれない。
そう、諸般の事情により、あの時、書けなかった事があるのだ。
二年前の大連。
いろいろあったが、遂に意を決して夏老師に話しかけた我々は、意外にも夏老師が好意的なのに驚きつつも、この機会を逃してなるものかと、いろいろ通背拳について質問をしていた。
最初は和やかに進んだ交流も話しが「伸肩法」に及び、「ちょっと見せてみろ」と言われ、みんなで伸肩法を見せた途端、夏老師の顔色が変わった。「伸肩法は『通背の母』と言われるほど、重要な練習法なんだだだっ。それなのにお前らのは・・・」
この時のメンバーは、ぼくの兄弟子三名、ぼくとほぼ同期が一名でとんでもなく下手な人間ばかりがいた訳ではなかった。しかし、我々が行った伸肩法は、夏老師が「好し」とするものと、なにかが違っていたようなのである。
その時の夏老師の剣幕は相当なもので、我々は「ぼくたちいったいどうすれば良いのぉぉぉ?」状態で為す術がなかった。
ちょうどそんなところへ常松師父がやってきたのであった。
「げ、(かなり)やばい!」と思ったぼくはとりあえず、「ちょっと夏老師からいろいろ聞いていたところナンです」と説明した。
流石に、夏老師も「こいつらの伸肩法はなってない」とは言わなかったようであるが、もう、ドキドキであった。(ちなみに常松師父と夏老師は、この時が初対面)
その後、伸肩法には触れず、和やかに交流し、我々はその日の便で帰国した。
しかし、「伸肩法の謎」は解決されぬまま残った。
我々の伸肩法のどこが夏老師の伸肩法と違っていたのか?
もちろん、我々の功夫が足らなくて常松師父の要求全てを満たしてはいない、というのはあるにせよ、あれほどの反応をされるとは・・・。
その後、何人かの民間通背拳家の伸肩法を目にする機会に恵まれ、それぞれ微妙に異なる部分のある事がわかり、我々の物には少々独自の部分があるのもわかってきた。
しかし、だからと言ってあの夏老師の反応の理由は、はっきりとはわからなかった。
いくつか推測できる点はあったが、実際、夏老師に会って、夏老師の伸肩法を見せて貰って説明を受けなければ、この「伸肩法の謎」は解けないだろう。
そんな訳で、今回の訪中では、絶対に労働公園に行って、もう一度夏老師に会わなければならない、と思っていたのである。
二年越しの謎を解くために・・・。
それが今回、大連に着いたその晩に、またも同じ場面に遭遇してしまったのである。さらに謎は深まり、我々は複雑な心境で床についた。
翌早朝、人里離れた「通背海の家」。民間武術探険に行くあてもなく、通背朝練を通背海の家でしていた。我々の気持ちとは反対に澄み切った海を遠く(実際は近いけど(^-^;)に見ながら。
しばらくすると王師兄が起き出してきた。少し離れた所から、我々の練習を見ている。各隊員それぞれ好きな練習をしていた。ぼくも軽く基本功をしていたが、伸肩法だけはする気になれずにいた。
そのうち王師兄が話しかけてきた。
「おまえらの普段行っている練習を見せてみろ」と言う。
とりあえず揺臂法などを見せる。肩の動き、目の使い方などを注意をされる。
簡単な動作だが、結構やり方(注意点)が違う。同じように悠帯、揺腰法、さらには五行掌など、王師兄のやり方でいろいろと注意をしてくれる。
王師兄はとりあえず「やってみせろ」と言う。
我々が見せると先ずは「ダメだ」と言い、その後で「ここをこうしろ、あそこをこうしろ」と注意をしてくれる。見せた動作は、ほとんど全て「ダメだ」と言われた気がする。なんだか気分はかなり「ぶるぅ」であった。
そして遂に「伸肩法」に話しが及ぶ。「昨日、常松老師と『伸肩法』について、朝の三時まで話しをした。伸肩法は『通背の母』であり、とても重要なものだ。オレのやり方は常松老師のとは少し違う。しかし、とても重要であるが故に常松老師のやり方を勝手に変える訳にはいかない。だから他の技術は教えるが、伸肩法だけは教えない。オレの伸肩法はこうだ(王師兄、何回か伸肩法を行う)。だが、お前らは習った通りに伸肩法をやれ。」と言った。
王師兄の伸肩法を見ると確かに異なる部分のある事はわかる(特に「引く」方の手に)。しかし、大筋においては我々の物と共通している。それをそっくり真似ることも(多分)可能である。だが、我々の学んだ伸肩法にも意味があり、闇雲に王師兄の形を真似ても、それはなんの意味もない。「伸肩法の謎」の本当の意味での解決にも、もちろんならないであろう。
そのうちに常松師父も起きてきて、練習に加わる。「王さんとわたしの通背拳、少し、違うトコあるよ。昨日、王さんと遅くまで話し、しました。王さん、どうに教えたらいいか、言いましたが、いいの、好きにあなたのやり方で教えて下さい、言いました。今回は王さんの通背拳、学んで、良いトコ取り入れて下さい」と常松師父が我々に言った。
練習が再会し、常松師父が「三合炮対練をやれ」と言う。
王師兄が見てる手前、結構本気(「本気」と書いて「マジ」と読む)モードで「三合炮連打連打連打だだだっ!」を繰り返す。
すると「ほぅ、これは通背の『味道』があるな」と初めて少し感心したように王師兄がつぶやいた。少しは良いトコ見せられたか?
その後、数種の対練を行い、小休止になった。常松老師に「王師兄の伸肩法をちょっと見せて貰いたいんですけど・・・」と言うと「伸肩法はちょっとネ・・・」と言葉を濁した。
むぅ、「伸肩法」とは、いったい・・・。
「第三章通背虎の穴」に続く
語句解説
○労働公園の夏重規老師
詳しくは「民間~再び」を参照されたし。特筆すべき事は「顔が恐い」と言うことかな(^-^;
○揺臂法、悠帯、揺腰法
通背拳のちょ~基本的な基本功。通背初めての日から習います。
○五行掌
通背拳の五つの基本的招法。摔、拍、鑽、穿、劈の五つ。
○三合炮対練
摔、拍、鑽を使った基本的、且つ重要な対練。
○通背の味道
味道(weidao)は「あじわい、うまみ」という意味。「風格」と同じような気もするが、王師兄は「風格」は風格と言う単語を使っていたので、少し意味が違うようだ。
1997.09.22 民間武術探検隊 わたる