孤独の中で決断するということ
「あなたの人生のターニングポイントを一つあげるとしたら、いつですか?」と聞かれたら、僕はラクロス部を引退した後の22歳の2月を思い浮かべる。
ラクロス関係の人は大方知っていると思うけど、僕は両肩にタトゥーを入れている。片方はちょっとしたマークで、もう片方は結構がっつりとしたTRIBAL柄の竜。このタトゥーを入れたのが、22歳の2月だった。
僕はそれまで「一線を越えない中で人生を謳歌するのに長けている」タイプの人間だった。割と自由で尖ったことをしていたものの、要所要所で"Uncomfortable Zone"をなるべく避けて「まぁまぁ輝いている悪くない人生」を送っていた。
そんな中、部活の引退、卒業、就職みたいなイベントが見えてきたときに、これから先の人生が垣間見えた。
「自分はこのまま、なんとなくうまいことそれなりの企業に就職して、多分それなりに上手い事立ち振る舞って、きっとそれなりにハッピーな人生を送るんだろうな。」
かなりの確からしさをもってそう感じてしまったことが、すごく怖かった。
「おれ、そんな人生でいいんだっけ?」
良くない。絶対に嫌だ。
でも、放っておいたらきっとそうなるんだろうな…
そこで僕は退路を断つことにした。「なんとなくそれなりの人生を送る」ことができないように。大して広くない思考の引き出しをひっくり返して見つかったのは、「刺青を入れる」という選択だった。なんて短絡的な…
今から20年前、タトゥーは今よりも全然社会的に受け入れられていなかった。少なくとも「大企業に入って、真っ当に社会人人生を送ることはできないだろうな」、という目算が立つくらいには。
両肩合わせて5万円くらいだっただろうか。当時一人暮らしの貧乏大学生だった僕にとっては大金だった。どうやって調達したのかはあんまり覚えていないが、僕はかき集めたお金を持って下北沢の本多劇場ビルの中にある、どこから見ても怪しいタトゥーショップを訪ねた。
施術内容と器具の衛生管理、タトゥーを入れた後に発生しうる社会的不都合、施術後の注意事項などを、それまでに人生で受けた数少ない接客の中では断トツの丁寧さで話してくれたのは、全身ピアスと刺青だらけの男性スタッフだった。僕がその時目指していたイメージがちょっと見えた気がした。
施術はざっくりこんな感じ。所要時間1時間くらいだろうか。美容室より全然短い。
・デザインを選んで、型を作って、肩に転写
・転写されたデザインに沿ってミシンみたいな器具で掘る
・終わったら少し血がにじむ肩をガーゼで被う
「かさぶたは1週間くらいで自然に取れるので、無理やり剥がさないでくださいね」
たったそれだけで本多劇場を後にした。
そこから約20年が経つが、僕の人生が外側から制限される、というようなことは実際には起きなかった。
ラクーアで裸になれない、スーパー銭湯に入れない。
そのくらいだと思う。
でも、僕の人生は明らかに変わった。
誰かに言われたことでもなく、
わかりやすいメリットがあることでもなく、
周りがやっていることでもない。
答えのない中、自分の人生を切り開くために、
自分で考えて、だれにも相談せずに決める。
この時、僕は人生で初めてそんなことをした。
そして、結果的にこのことが僕の人生のターニングポイントになった。表現が難しいが、その時から本当の意味で自分の人生を歩き始めたんだと思う。しっかり地面に足を付けることで、ようやく世界と対峙できた。すると、世界がずっとビビッドになった。そんな感じだ。
通っていた小学校では珍しい中学受験をしたのは、仲が良かった一つ上の友達が進学塾に通っていたから。
中学でバスケを選んだのは、スラムダンクが流行っていたから。
高校でバンドを始めたのは、仲間に誘われたから。
東大に入ったのも、まぁ行くでしょ、的な流れだった。
ラクロスも、同じクラスの関西人が居なかったら始めていなかった気がする。
それなりに豊かな人生だったけど、最後のところで「自分で選んだ人生」ではなかったんだと思う。
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僕にとっては、たまたま22歳の2月がそのタイミングだった。もしかしたらそれまでにいろいろチャンスはあったのかも知れない。もっと前にそのタイミングが来ていれば、僕のラクロス人生はまた違ったものになっていたのかな。
そのチャンスは、全ての人にいろいろな形で訪れるんだろう。
思いもよらないタイミングで。もしくは、わかりやすいタイミングで。
それは、大きな選択を迫られるときかも知れない。
目の前に立ちはだかる壁を絶対に乗り越えるんだと決めるときかも知れない。
勝算が見えない中で、自分の想いを伝えるときかも知れない。
何か一つのことをやり遂げたときかもしれない。
大事なのは、どれだけ自身が無くて怖くても、
”孤独の中で決める” ことなんだと思う。
答えのない中、自分の人生を切り開くために、
自分で考えて、だれにも相談せずに決める。
暗闇の中で、耳をふさぎ、自分の意志だけで決める。
一回でもいいからそれをやると、世界との本当の向き合い方が分かるようになるんだと思う。
それを知るまでの自分は、世界に溶けて、ただ漂っているだけの存在だったんだろう。
もしもこれを読んでいるあなたが、今自分の人生を生きている感覚を持てていないなら、一度考えてみても良いかも、と思う。