こと

OL6年目 生きること、芸術、哲学、うんぬんかんぬん ブディスト

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最近の記事

#ある日の日記「今思っている色々なこと」

2020年8月20日 今 思っている 色々なこと。 ① 自然は 人 の 鏡 だ。  自然のような美しさが、人間のどこにあるんだろうと迷う時. 地球にとって、人間はとても不自然なものでないかと思ったりする。  この世の妙を見せてくれる自然を前に・・・。  別に人間なんぞがいなくとも、鈴虫は美しく鳴いているだろうし(もっと荘厳に) 花は変わらず咲くだろうし。  でも人間でなければ 何がそれを発見するのか? 美しいと形容するのか。 自然を目に映し、 言い及ばぬ感動を心にたた

    • #ある日の日記「パンを食べるように芸術をする」

      2020年7月16日 仕事終わりってとても眠い・・・もうちょっと思考が鮮明だったらいいのに。 線を描くとか芸術をするということについて、 ずっと自分を知らないところで縛っていたものが、 何となくすとんと落ちてきたような気がする。    芸術と目的という問題・・・こういう表し方が当てはまるのかわからないけど・・・。 人がパンを、水を欲するように、人にはそれが必要なんだということ。 それを生きていく中にやる。生活の一部にしていくこと。高尚なものにしないで・・・「パンを食べるよ

      • 事象の因を考える 戦争、ウイルス

        ちょうど去年の今頃、 友人と女二人旅で広島の平和記念資料館へ行ったことが日記に書いてあって、 何度も思い返したほうがよいことなので、ここにも記録を。 実際のモノ、場所に行くということにはとても意味があった。戦争の内実というものを、肌で感じるからだと思う。 なぜ核が生まれたか、落とされたのか、という原因を辿るとき 国どうしの利害、その争いの終止符を打つために必要悪として生み出された爆弾、巻き込まれた人々、という表面的なものだけではその因を本当の意味で捉えることができないと思

        • 3.11に思う、境遇の違いをどう乗り越えるのか

          ”ほんとう”と向き合わざるを得なくなった人たちがいます。  3.11を特集するテレビ番組では、26歳の同い年の子が、10年前の震災で母を亡くし、両親を亡くし、その中で病魔を乗り越えたり、子供たちに教師として言葉を紡ぐ姿が映りました。  「共に涙することはできる」と言ったアナウンサーの言葉にも至極共感するし、実際に涙する自分もいます。  でも今日は、悲惨とは遠くにいる自分はどうあるべきなのか、どうやってその渦中にいる人に同苦することができるのか?それってどういうことなのか

          ムツゴロウ×五十嵐大介 [NHK]SWITCHインタビュー 達人達 メモ

          偶然のなすもの →魂をもって描いたものは違う 自由に狂う →発狂するようなそんなときにかける 大切なことは言葉なんかにしないほうがいい 人間が見ている世界が全てじゃない ほんとうの有り様みたいなものを 描き方が決まってくる 初めて描いたようなもの、感動を描きたい  →セックスは動物の半分を占めている  それを描きなさい 「畑正憲×五十嵐大介」 NHK SWITCHインタビュー 達人達 心に留めた言葉たちです。

          ムツゴロウ×五十嵐大介 [NHK]SWITCHインタビュー 達人達 メモ

          トルストイの〈リアリズム〉はいろいろな方法を用いて真実を突くという意味です。単なる写実ではない

          トルストイの〈リアリズム〉はいろいろな方法を用いて真実を突くという意味です。単なる写実ではない

          生命力とは、我々が生命の本質について知っていることを除いた、残りの未知のものの表現なのである。

          生命力とは、我々が生命の本質について知っていることを除いた、残りの未知のものの表現なのである。

          デッサンと境界と"あいまい"について②

          何かと何かの間にあるものを、 完全に解き明かすことはできない、と思う。 もし完全な答えのために旅に出るのだとしたら、 究極は自死にも至るのではと思えてくる。 まるで暗闇の中を、あるかわからない終着点のために、 懐中電灯で彷徨っていくようなものだ。 この世の妙を、完全に解明されるものとして捉えるのではなく 妙を妙として[発見]するために 世界と対峙したい。 世の中を定義するために利便上、 人は線を引くことを覚えたのであって、それが全てではないことを知る。 見えている

          デッサンと境界と"あいまい"について②

          デッサンと境界と"あいまい"について①

          デッサンはおもしろい。 最初に世界を自分で思い切って定義をしないと始まらない。 -----○でも一本線でも、境界線から始まる。 見えるものの輪郭をざっくり描いてみる。 「どうやったら本物のそれを捉えられるのか?」 自問と観察、削ったり足したりを繰り返して気付くのは、 ものともの、特に人間とその他の間を区切っている「線」というのは存在しないということ。 -----曖昧さ、不揃いさというのは美しい。計画されないもの。しかし必然性を具えている。 人間の肌と空間を描く

          デッサンと境界と"あいまい"について①