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「身近な美人」は嫉みを生む #1湊かなえ『カケラ』

小説の読書メモ始めます。できるだけネタバレしないように、ストーリーから感じたことを綴っていきます。

[あらすじ]
美容クリニックに勤める医師の橘久乃は、久しぶりに訪ねてきた幼なじみから「やせたい」という相談を受ける。カウンセリングをしていると、小学校時代の同級生・横網八重子の思い出話になった。幼なじみいわく、八重子には娘がいて、その娘は、高校二年から徐々に学校に行かなくなり、卒業後、ドーナツがばらまかれた部屋で亡くなっているのが見つかったという。母が揚げるドーナツが大好物で、それが激太りの原因とも言われていた。もともと明るく運動神経もよかったというその少女は、なぜ死を選んだのか――?
「美容整形」をテーマに、外見にまつわる固定観念や、人の幸せのありかを見つめる、心理ミステリ長編。

Amazonより

「美容整形」をテーマにした本作は、7人の登場人物たちが、整形外科医師である主人公・橘久乃に語るインタビュー形式でストーリーが進行していく。時に本筋と脱線しているような話題となるが、実は絶妙な伏線を描いていることは、話を読み進めていくことで気づく。この巧妙さが、さすが湊かなえだなぁと感心する。

顔の美醜や体型によって、周囲の態度はコロッと変わる。美人には優しく、ブスデブにはきつく当たる――ヒエラルキーを生み出して、自分の位置を安全な場所に置くことで、自らの価値を確認した経験がある方は多いかもしれない。それがリアルに直接的であっても心のうちであっても。

本作に登場する横網(よこあみ)さんなど「異常に太っている」人(特に女子)は、周囲にいじられやすい。特に中学生は精神的に未熟だし、自らを格付けの上位に立たせるために、下流(と決めつけた)女子を容赦なく叩く。

小説『カケラ』を読んで、美醜にまつわる人の苦悩や関係性について、大いに考えさせられた。でもそれ以上に心に引っかがったのは、美人女医の主人公・久乃に対する登場人物たちの皮肉めいた態度だ。

久乃は美しい女性だ。小さな田舎のまちに生まれた彼女は、頭の回転が早く、後に世界一を決める美女コンテストで日本代表に選ばれ、美人女医としてメディアに出演する有名人となった。

こんなに美しい女性が身近にいるって、どんな気持ちなんだろう。物語に登場する中学時代の同級生はまるで「別次元の女性」のように語っていたし、周りもそう認識していたのだと思う。ヒエラルキーの頂点は久乃で、その少し下をちょっとカワイイ系の女子で争う、みたいな。

それを久乃は当然のように感じていただろうし、だからと言って見下していた訳ではない。自身がどうすれば美しく見えるか研究を重ねていたので、ごく自然なことだと思っていたのだろう。

表面的には、久乃に対して悪意をもつ人はいなかった。しかし、心の内側には、嫉妬のようなモヤモヤの芽を抱えていた人も多いのではないだろうか。

そう思ったのは、数十年後に久乃にあった登場人物たちの態度だ。中学時代は「トリガラ」とあだ名が付くほど細かったのに現在は肥満体型の旧友、パッとしない芸能生活を送る中学後輩、肥満でいじられまくった中学時代の同級生など――彼女たちは言葉の端々に、久乃に対する悪意を浮かべている。全員が全員彼女を嫌っている訳ではないけど、皮肉のように久乃の美しさを持ち出す。美人には何にも悩みがないんでしょ、と言わんばかりに。

中学時代というものは、ヒエラルキーに捉われがちになりやすい気がする。本来世界は広いはずなのに、同じ中学の同級生という狭い世界で格付けし合う。私の場合は社会人になり、狭い箱から抜け出たとき、「世界ってこんなにフラットだったんだな」と気づいた。

同様に、ヒエラルキーから抜けた登場人物たちは、他者と比べない価値観で生きていけるようになったのだと思う(如月アミは例外だけど)。

自由になった自分が、暗黒期の中学時代を振り返るとき、ヒエラルキーの頂点でチヤホヤされていた人物を疎ましく思う気持ちはなんとなく分かる。そこに深い憎悪がある訳ではないけれど、モヤモヤが残るというか。

美人は得をする一方で、妬みを買いやすいのは事実だと思う。表面的に意地悪をされる訳ではないけど、その存在だけで無意識に周囲にダメージを与えている。もしかすると世の美人たちは、それを宿命として生きているのかもしれない。

人間のドロっとした感情は、普段意識していなくても、小説を読むことで呼び起こされることがある。湊かなえの作品は、私のそんなダークな気持ちを掘り起こしてくれる。それが良いことか悪いことか分からないけど、人間臭い感じが好きだなと思う。

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渡辺まりこ|取材ライター養成講師
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