537*私が覚えているかぎり
蕎麦屋を50年営んできた祖父。
お店を畳んで、認知症も進んで、もう一人で歩くこともできない。笑顔で話す陽気な声も、もう聞くことができない。
どんな人も長く生きれば年老いていく。
話すのが好きでも、一言も話せなくなる。
歩くのが好きでも、自分の足で歩けなくなる。
食べるのが好きでも、自力で食べられなくなる。
作るのが好きな手が、工具さえ握れなくなる。
年を重ねるごとに、忘れるものが多くなる。
娘の顔も、孫たちの名前も分からなくなる。
お店が休みの日に、蕎麦やたこ焼きやお菓子を持って通ってくれたことも、バイクの後ろに乗せてもらったことも、銭湯に行ったことも、公園でハトに豆のお菓子をあげたことも、ダイソーで買い物したことも、ファミレスで2人前を平らげていたことも、いつも片手にビデオカメラを持って撮影してくれたことも、お店で蕎麦作りを手伝わせてもらったことも。
全部忘れてしまうのか。
会えなくなる事の悲しさ以上に、忘れられていくことが寂しい。いろんなものを作っていた手が、もう何も作れなくなったことが悔しい。
それでも。
私が覚えている。
私が作り続ける。
私が伝え続ける。
バイクには乗れないし、蕎麦も作れないけれど、私にも引き継げるものがあると思う。まだ何かできることがあると思う。
泣いていても誰も喜ばない。
今できることをやっていこう。