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<新版画展>千葉市美術館 その2. それは無名の外国人作家の抜擢から始まった! 起業家「渡邊庄三郎」の凄み
はじめに
この記事は訪問した美術展に対して「線スケッチ」の立場から気づいたことについて書いているシリーズです。ですから、美術展全体を網羅的に紹介するものではありません。
とはいえ、読者の方には、「新版画」という言葉を知らない方もおられるのではないかと思い、その1.では「新版画と私」と題して、長い前置きの記事を書きました。
もし「新版画」になじみのない方は、その1.を読んでからこの記事をお読みください。
さて上の導入記事の最後に書きましたが、今回訪問した千葉市美術館の「新版画」展覧会では、何人もの外国人作家の作品が出展されていたこと、「ヘレン・ハイド」と「バーサ・ラム」の特別展が併設されていたこともああり、この展覧会出展の外国人作家だけに限らず、他の外国人新版画作家を加えた、外国人作家の全体像に焦点をあてて記事を書いてみたいと思います。
今回の「新版画」展でどのような作家の作品が出展されていたか、下記に作家名と作品数をまとめてみました。
![](https://assets.st-note.com/img/1669167795702-mur5dxnJof.jpg?width=1200)
赤字は外国人作家
全体印象
特徴として分かるのは、土屋光逸、笠松紫浪がいないことを除けば日本人作家はほぼ網羅されています。
今回出展した作品は、すべて千葉市立美術館所蔵とのこと、あらためて、日本の一美術館が単独でよくここまで収集したなと感心します。
所蔵の日本人作家の中で、吉田博の作品と伊東深水の風景画作品が多かったのは意外でした。吉田博はもともと寡作なうえ、多くは海外にあるからです。また伊東深水は「日本画」の巨匠としての知名度は高いものの「新版画」を作成したことはよく知られていないこと、また「新版画」の作品でも「美人画」はよく引用されますが、「風景画」はそれほどでもないからです。
私は、風景画では「川瀬巴水」という定評通り、巴水の抒情的な絵柄も好きですが、伊東深水の風景画を2009年の江戸東京博物館での展覧会で見て以来彼の風景画からは言葉では言い表せない凄みを感じています。今回もかなりの時間かけて彼の風景画を見てますますその感を強くしました。
渡邊庄三郎から離れた後の山村耕花の作品と小早川清の昭和モダーンな絵については、今回あらためて強い印象を受けました。(これまでは、川瀬巴水、吉田博、伊東深水らの風景画、山村耕花、名取春仙らの役者絵を見るのに忙しく、今回はじめて時間をかけて彼らの作品をみたからです。)
それでは、その1.で予告しましたように、以下「新版画」の外国人作家について記事を書くことにします。
「新版画」と外国人作家達:その時代変遷と作品群
その1.でも書きましたように、外国人作家の作品を実際に見たのは、2009年に江戸東京博物館で行われた「よみがえる浮世絵ーうるわしき大正版画展」においてです。
その時の驚きを2009年11月5日付のブログで次のように書きました。当時の気持ちは今でも変わっていないので、全文を引用します。
展示室に入ると、のっけからエミール・オルリック、ヘレン・ハイド、バーサ・ラムと聞きなれない外国人画家の作品が目に入ります。
彼らは、いずれも日本の木版画に心を奪われ、わざわざ来日して木版画を習得した人々です。(図録の説明によっています)
さらに、フリッツ・カペラリという画家が、渡邊庄三郎と組んで初期の「新版画」の主要な作家として活躍しており、版画とは日本人のものだと思いこんでいたので、予想外の展開です。
かさねて、新版画が軌道にのった昭和初期、エリザベス・キース、ピーター・アーヴィン・ブラウン、リリアン・メイ・ミラー、ポール・ジャクレーといった人々がいて、中には現代(昭和30年代)まで活躍していた人もいたという事実は驚きでした。
なぜか、私には、定番の巨匠たち(川瀬巴水、伊東深水など)の作品より、彼らの作品が印象に残りました。
理由を考えてみると、どうやら、自分が「線スケッチ」にもっか格闘中だからこそということに気づきました。
1)まずこれらの海外の人たちから受ける印象は、
一言「けなげさ」です。
一生懸命、日本の版画の技術をならい、日本の
版画になりきろうとしている姿です。
2)けれども、最後の最後「日本」になりきれない
ところ。技術のレベルではなく、「これが日本の
版画だ」という伝統の美意識からははずれてしまう
「素人っぽさ」。西洋の美意識が混じってきて生まれる、
いい意味では個性、少し悪くとると若干の違和感。
たとえが変かもしれませんが、これらは、線スケッチ教室
の仲間の皆さんから受ける印象と通じるものがあります。
(以前、ジョサイア・コンドルが河鍋暁斎に弟子入りして、
暁斎の本を書いたことを書きました。今にして思うと、
コンドルの真摯な記述に心ひかれたのも、同じ理由で
しょう)
どういうところかというと、
・皆さんが自らの道を真摯に模索して進んでいる。
・それぞれ自分らしさが出てしまっているところ。これが、
見る側にとっても、同じ道をあゆむものにとって身近で
刺激的。
一方、巨匠達の作品は、ひれ伏すばかりでとても身近には感じられない。
ですから、今回の機会で、彼らの作品を知ったからには、もっと知りたいという気持ちでいっぱいになりました。
今回、久々に外国人作家の実物作品を見たのですが、上で引用した感想はやはり変わりませんでした。次回の記事から、個々の作家について略歴と作品を見ていくことにします。
お断り:私自身は「新版画」の研究者でも専門家でもありません。ですので、次回以降の記事は、基本的に江戸東京博物館の「よみがえる浮世絵 ーうるわしき大正新版画展」の図録(平成21年9月発行)の解説文および資料を参考にいたします。
海外の画廊のサイトでは、各作家の略歴が詳しく載っている場合が多いのですが、裏付けがとれないのが問題です。ですが適宜補足説明に使う予定です。
なお、今回この記事を書くにあたり、江戸東京博物館・学芸員の小山周子氏の博士論文がweb上で入手可能なことを見つけました。上記図録での解説文の中身をさらに詳細に説明していますので、興味ある方は入手してご覧ください。
上記ページの表の中の「コンテンツ本体」の「本文(Thesis)」をクリックすると論文のPDFをダウンロードできます。
(次回の記事に続きます)