「知ってる」って大事
朝起きて、まずすること
ぼくは朝起きてまずすることは読書。居間のストーブの前で本を読む。黙々黙々と、いつも。
本を読むのは趣味。というか習慣?毎日している。本を読むことで面白いことは何かというと、やっぱり自分が全然知らない世界に出会える。
そこには嬉しさもありながら、「え、俺はこんなことも知らなかったの?」と少々の落胆もある。そんでもって、もっと勉強したいなぁ~と、また本を読み漁る。
元を辿ると大好きなプロレス、昭和プロレスの歴史も本からの出会い。県立図書館にあった分厚い「プロレス大百科」というを読み漁ったところからだった。
勉強について考える
ぼくは小中学生の頃、義務教育をまともに受けた記憶がない。学校には毎日行っていたんだけど、授業を真面目に受けた記憶はなく、当時から勉強や活動を「やらされること」に、強烈な抵抗があった。
今となれば、半分やらされることって大事だし、そのなかで勉強する国数英理社などは、社会では役に立たないと思われがちだけど、そんなこともないと思う。
もちろんピンポイントでこの数式使わんやろ、この実験大人なって何になる?というのはあるけど、でもそれを考える過程とか、理屈とか、そういったものは生きる場面や応用できる時はある。
だからやっぱり勉強は大事。知らないことを知るって大事。
「これを学んだら、明日のこれに生きてくる!」というのも大事だけど、「これ学んで、この本読んで、何になるんだろう~?」みたいなものが、巡り巡って自分に返ってきたりもする。カウンターパンチのように。あれは面白い。
ぼくはけっこう幅広い友人がいるけど、やっぱり友人になるきっかけも「え。その話、この前本で読んだ読んだ、詳しく聞きたい。」みたいなところから。相手の関心領域をサラッとでも触っておくと、深掘りして聞きたい種がたくさん見つかったりする。
ここからは趣味の話
ここからは完全に変な領域に入る。ぼくの趣味の話、これから勉強したいことについて。
今は仕事がけっこう混詰、でもまぁ時間はある。時間はつくるものだとも思う。そのなかで勉強したいこと、触れたいことをサラッと書きたい。
まずはやっぱり歴史。縄文から近代まで、戦国ももちろんだけど、やっぱり戦争は勉強したい。それも含めて、個人的にやっぱり「昭和」という時代に関心がある。
戦争もそうだけど、バブルや高度経済成長を含めた変化の時代。その時代の日本はどうだったのか、それを探ってみたい欲はけっこうある。
あとは文学、映画や小説。それはやっぱりちゃんと読みたい、学びたい。1人の作家の本を読み漁るとか、けっこう憧れ。そのあたりから知れること、身につく教養がたくさんあるんだと思う。
あとはなんだろう、でもやっぱり性とか知りたいかも。やっぱり性とか風俗とか、やっぱりそれは一つの歴史や人間の象徴。今もこれからも形を変えて残り続けるものには、分野問わずに関心がある。
人間の泥々した部分。現代社会は綺麗な私を見せ合うことが当たり前なんだけど、もっと昔の泥沼のようなものが好き。まぁ今も起こっていて、それが見えづらいだけなんだけど、それって大事。綺麗な私で居続けるのってけっこう辛いなと…ぼくは早々にリタイアしてしまったんだけど。
やっぱり昔から「人」に興味がある。だから、仕事も福祉をしているのかな?その人の考えていること、感じていること、それを深掘りするのが昔から好きなんだと思う。
と、色々書いたが、やっぱり「知ってる」って大切。さっきも書いたけど、ぼくは比較的に色々な友人がいるけど、やっぱりそれは興味関心の広さが入り口だと思う。
一見無駄に見える知識ほど、その知識で人と繋がったり、相手にリスペクトが生まれたりする。深いところで感じていることを、少しだけでも触れられる、深掘りできるきっかけになるから面白い。
だから「知ってる」って大事。サラッとでもあなたが面白いと思ってることに触れてますって、それだけで全然距離感が違う。
でもまだまだ知らないことだらけ、落胆。だから今日も本を読む。生きるために、また読むのだ。