蒔絵訪問記#1:先入観を覆された日
河原の小石に描かれた蒔絵の蜻蛉。
蒔絵と聞いて、すぐ思い浮かぶのは博物館にあるような江戸時代の殿様に献上するような重箱。螺鈿や金粉をふんだんに使い、漆黒に浮き上がる煌びやかかつ派手な工芸。蒔絵と言うとこのような印象しかありませんでした。
この蒔絵を初めて拝見した時は従来の蒔絵の“豪華絢爛”というイメージとはまるで違いました。虫のリアリティがすごい。けれど、虫がいささか苦手になった私には微塵の不快感もなく、素朴な丸石からかとても長閑な自然を感じさせてくれ、虫を捕まえて遊んでいた幼少時が戻ってきたよう。従来の蒔絵の印象とは真逆な印象がとても信じられませんでした。
そして、この何処でも見たことのない蒔絵を作る人は作家ではない、蒔絵職人であると聞いてまた信じ難かった。失礼ながら、職人という仕事にこのような美的センスを要するなんて考えてみたこともありませんでした。
だから、この蒔絵が出来上がる背景がとても興味深く感じていました。2016年の夏、貴重な機会をいただきこの蒔絵の背景や制作現場を取材することができました。これから数回に分けてその内容を紹介していきます。