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蒔絵訪問記#4:蒔絵の工程

蒔絵の仕事で最も重要であり辛抱も必要なのは、漆を塗り重ねるたびに必要である室(ムロ)での乾燥作業です。一度の乾燥に要する時間は半日〜3日ほど。漆は空気中の水蒸気が持つ酸素と結合して硬い塗膜を作っていきます。そのため、乾燥とは言うものの、ある程度の湿度を維持する必要があり湿度管理も重要な職人技術です。湿度計もあるけれど、ほとんどは毎日の気候変動と自身の体感で室の湿度を調整すると言います。

漆を乾燥される室。敷かれている新聞紙に水分を含ませ調湿することも。

この取材では蝶を描く工程を説明してくださいました。蝶は螺鈿や金粉も用い蒔絵技術がふんだんに込められた作品です。各工程前後には必ず室での乾燥が入ります。


  1. 下絵を描く:昆虫図鑑などを参考にして絵柄を作ります。その図柄を石に書き移します。

石の上に蝶の下書き


2. 蝶の羽に螺鈿を施す:この螺鈿の裏に墨を塗ることで玉虫色の光が引き立って現れます。

羽として螺鈿(貝)を貼る


3. 立体感をつくる:漆ととの粉を合わせたものを少しずつ塗り重ねて立体感を作り、蝶を石から浮き上がらせます。塗っては乾かして少しずつ立体感を出していきます。この作業を効率よく一度にあげようとしてしまうと、乾燥時に表面が収縮し無駄な凹凸が出て綺麗な面ができないと言います。

黒い部分は漆を重ね凹凸が作られている


4. 切金を貼る:羽先の乾ききらない漆の上に切金(きりがね)を軽く載せるように貼り、室で乾燥させて金を定着させます。

金箔より厚みのある切金が羽先を彩る


5. 漆を重ねる:貼った切金を覆うように漆を塗り重ねます。再びこの漆を乾かすために室で乾燥です。

切金に漆を塗り重ねる


6. 研ぎ出す:切金の上に塗り重ねた漆を研ぎだします。こうすることで、貼った金箔が再び現れ、切金と漆の境目の凹凸を消し、羽の面全体を滑らかになります。

切金と漆の段差が解消され滑らかに


7. 螺鈿の縁取り:羽の螺鈿の縁を細い漆の線で埋めていきます。こうすることで、貼った螺鈿の背面に水が侵入することを防ぎ螺鈿が剥がれることを予防します。

極細の漆の線が螺鈿を縁取る


8. 金粉を蒔く:羽の漆が乾き切らないうちに金粉を蒔きます。この蒔くときの道具は近くの野原に茂っている葦で手作りした道具。職人は自分の道具も仕立てます。

手製の道具で金粉を振る

そして再び金粉を定着させるために室に入れて乾燥です。蒔絵の作業は手をかける時間よりも漆を乾燥させて待つ時間が圧倒的に長い。ほんの些細な工程の合間にも確実に乾燥の工程を入れていかないとせっかくの金粉も螺鈿も台無しになってしまいます。かなり忍耐力も要する仕事です。


9. 鮮やかな漆を羽に施し、この漆を乾燥させて蝶が描き上がります。全行程は10日程でようやく完了します。

最後の筆入れ


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