蒔絵訪問記#3:仏壇職人の作る蒔絵
蒔絵職人の工房は石川県羽咋市という能登半島の付け根にあたる位置にあります。砂浜をドライブできることで有名な千里浜海岸と天然記念物「入らずの森」を抱え日本海に面して古来より鎮座する気多大社が有名です。
目の前は海、振り返ると山があるという自然の深い懐に包まれるような環境で、普段は山も谷も建造物に囲まれた生活を送る私には全くの別世界。
取材に伺った日は台風の影響で海は少し荒れ気味でしたが、自然の摂理の中に在ることの安心感があります。
職人さんは仏壇蒔絵の仕事を30年続けてこられました。
関東の仏壇は木目を活かした唐木仏壇が主流ですが、他の地域では蒔絵や彫刻を施した金仏壇が主流で、産地は全国各地にあります。しかし仏壇生産も現在は中国が最大の金仏壇産地となり、国内の仏壇産地では厳しい状況で生産を続けています。
仏壇の仕事はバブル期を境に数が減る一方。仏壇蒔絵の仕事は、仏壇の扉・背面などに仏教にまつわるモチーフを施すオーダーを受け、様々な資料から絵柄の構成も考えて蒔絵を施すことや、位牌に名前を入れることも仏壇蒔絵の仕事になります。宗教思想をしっかり理解していないと、絵心の感性だけではできない仕事です。しかし、幼少期から絵を描くことが特別好きだった訳でもないと職人さんは仰います。この蒔絵の小石から伝わる感性は仏壇蒔絵の実績と修練を積み重ねによるものでした。
石に蒔絵を描くようになったきっかけは、ある日、犬の散歩中に見つけた石の模様が龍に見えたことが気になり、持ち帰ってその石の模様に合わせて龍の手足を蒔絵で描き足してみたことがはじまりでした。
工房に置かれた数ある作品の中でも珍しい模様の石の魅力を職人さんは熱心に語ってくれます。水で濡らしてみると鮮やかな色が引き立って現れたり、柔らかな曲線を成す模様の美しさなど、お話を聞いているうちに自然の造形の面白さに惹かれていきました。この蒔絵から伝わる魅力の由縁が見えてきそうです。