この街の向こうのその向こう【11の話】出会い

その日は、手にしたカッターで、いつもより深く深く腕の皮膚をなぞったらしい。

らしい…というのは、気がついた時には病院のベットにいた。

夜間救急の診察室のベットで身体にかけられているのは薄い毛布だけだったけど、病院の空調は適温に調整されていて、夜中だけど寒さを感じることはなかった。

少し離れたところで、人の気配がしている。病院の夜ってどことなく落ち着くんだよね、とそんなことをぼんやり思っていた。

気がついてからどれくらい経ったのだろう。

「気がついた?」くぐもった声は女性の声だった。看護師さんかと思ったが、カーテンを開けて私を見下ろしていたのは、髪をひとつに束ねた白衣を着た人…その白衣は看護師さんのとは明らかに違っていた。

「少し落ち着いた?」腕を組んで私に静かにそう言った。女医さんて、エラそうなイメージがあったけど、そうでもないな…結構普通。

そんなことを思いながら、あたしはその問いかけに答えなかった。

「気がついたみたいよ」カーテンの向こうの足音がした方へその声は送られた。

「気がついたのね。ちょっと待ってて」今度は看護師さんが顔をのぞかせた。

ああ、また同じだ。

どれだけ深くなぞったら、どこかへ行くことができるのだろう。

もっともっと自分を壊せばいいのか。

泣き叫べばいいのか。

あたしはどこへ向かえばいいのかも

わからずにいた。


※この物語はフィクションです。





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