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この街の向こうのその向こう【13の話】生まれた日

雪美。

雪の降る日に生まれたから雪美。
それがあたしの名前だった。

「雪美が生まれたのは、寒い日だったねえ」
12月のあたしの誕生日には、祖母はそう幾度も幾度も繰り返していた。

母がいないことが多かったので、
近くに住む祖父母の世話になることは多かったが、
壊れ切った母につながっている祖父母も、いつもどこかちぐはぐだった。
祖父母達は激しく喧嘩をし、祖父は祖母を怒鳴りつけることも多かったが、母が祖父を怒鳴りつけることや、あたしを引っぱたいている時には何も言わなかった。
祖母はそんな喧騒のなかで、ただひたすら陰気な顔をして黙りこんでいた。
そして、時々
「雪美が生まれたのは、寒い日だったねえ」と繰り返すばかりだった。

あたしはその祖母のセリフを聞く度に、
何か雪の日に恐ろしい呪いの魔法をかけられてしまったのではないか、いつか正義の味方があたしを助けにきてくれるんじゃないか、
とバカげた夢を見ていたが、やがて何も感じなくなるほど傷だらけになったあたしは、そんな夢を見ることもなくなっていた。

正義の味方はどこにもいなかったし、気がつくとあたしは、自分が今ここにいるのかさえもわからなくなっていた。

駅の放送が聞こえた。

始発の時間だ。

とりあえず、都内に向かおう。ここにいるよりも人も物も何もかもが溢れている。

それだけ溢れていたら、何かあるんじゃないか。

「正義の味方とか会えたりして…」

思わずつぶやいた自分のバカバカしいセリフに、笑いが込み上げる。

あたしは、本当にバカだ。バカにはバカなりの人生があるのかな…

色んな思いを振り切って、あたしは目の前でドアが開いた始発の電車に乗り込んだ。

※この物語はフィクションです。

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