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完璧ぐ~のね
「ぐうの音も出ない」という言葉がある。
徹底的にやり込められて一言も言い返せないときだったり、反論や弁解の余地がないときに使う言葉。
例えば練習をさぼって怒られたときには、ぐうの音も出ない。だったり、あの先輩の理論がしっかりとした意見に対してぐうの音も出ない。だったり。
ぐうの音も出ない時には、たとえ理不尽でも、やり込められているというある意味、白旗の要素が含められている。
逆に、相手をぐうの音も出ないくらいやり込めることに成功したときには、勝利のような感覚を得ることができる。論破ってやつ。
でもここで一つ、「ぐうの音は出す」場合もあるのではないかと感じた。
つまり、ぐうの音も出ないほど言いくるめられてもないし、全然言い返すこともできるのだが、めんどくさいから言い返さない。でも、含みを持たせる。みたいな。
LINEで長文で怒りや文句を言ってくる人がとても苦手だ。あれに言い返すことができないからである。
例えば、僕が言ったことやったことがその人に対して不都合や不満があった場合に、LINEで長文でご指摘をいただいたとする。大体その文面は、「君も私に思うことがあると思うけど、…」みたいな、私も一応悪いですよ。もしあったら言ってください。感を出してきたり、後からつけたような、「変なこと言ってごめん」という気持ちの乗っかってない謝罪をしてくるが、言いたいことを全部言ってすっきりしたいだけだと思う。それに対して言い返すと、逆上してもっとひどくなる。
つまり、送ってくる人はLINEでの、喧嘩や言いたいこと言い合って高め合おうということは一切考えないで、自分のイライラを発散したいだけで、言われた側はずっともやもやするだけの、スポーツだったらあってはならない先手が必ず勝つくそみたいな競技だ。
話を戻すと、そんなこと僕に言ってくる人は、大体的外れだったり、こっちの意図や気持ちを理解していない場合が多いので、言われたことに対して謝罪をして早く終わらせるように心がけている。面倒だから。
しかし、これだと相手からしたらぐうの音も出ていない。
だから僕は、ギリギリぐうの音だけ出しておこうと思い、文の最初につける言葉がある。
「こっちも言いたいことはたくさんあるけれど」
この枕詞をつけることで自分の中で、言いたいことはめっちゃあるけど、俺は大人だから言わない。という優越感に浸ることができるので、もやもやを少しでも減らすことができる。
これが「ぐうの音は出す」ということだ。
「ぐうの音が出ちゃった」というのも見たことがある。
本当はぐうの音も出ないような状況だが、何か抵抗しようとして出してしまった音によって、より深いとどめを刺されるような場面だ。
それは高校の部活の真夏の練習試合。同級生がベンチに下がったときだ。
僕の入っていたバレーボール部は、他校からも恐れられる鬼監督が指揮を執っていた。プレーをミスしたら試合をいったん止めてまで怒鳴られ、練習も厳しく、現代では体罰が禁止されているため暴力を振られることはなかったが、昔はもう、ここでは書けないようなこともあったらしい。
しかし、言っていることは確かで、全国でも結果も出している人だった。
だから、僕らはもちろん、他校の監督もみんな、怒鳴って試合を止めることも、突然ミスをしたキャプテンに”雑”と大きくプリントされたTシャツを着せることも、毎回持っている扇子に書いてある言葉が”俺がルールだ!”だったり”空気を読め!”であっても、「キャプテン、かわいそうですね」とか、「扇子、ダサいですね」とか言うこともなかった。
話は真夏の練習試合に戻る。
同級生がベンチに下がったとき、監督の指導の通りにするならば声を出して応援するべきところである。
しかし彼は、風が当たる場所で壁にもたれかかってぼーっとしていたのだ。
案の定監督は見つけ次第ガチギレ。
「なにやってんだぁぁあ!!チームが頑張っているときに壁にもたれやがってぇぇぇえ!」
これに関しては、まあ言い逃れができない、それが高校の部活だ。
いつも通り、長い時間怒られる時間に入るかと思いきや、彼はぐうの音を出してしまったのだ。
「一つ意見いいですか?暑いのに風にあたってはいけないんですか?」
その後の彼の怒られ方は、想像に任せよう。あれはぐうの音を出さなければ、もっと軽く済んだのに。という案件だった。
その練習試合では、相手の高校のBチームの生徒が主審をやってくれていた。僕らは部員がちょうど7人しかいなかったので、とてもありがたい。
相手校の監督は、高校バレーの審判会での偉い人であり、Bチームの子にはまず審判のやり方を教えるくらい、力を入れている高校であった。
ぐうの音を出してしまった僕のチームの彼が怒られ終わった後、機嫌最悪の監督はより厳しい指導を行った。その甲斐もあり、僕らは格上の相手校に善戦していた。
スコアは23-23。この大事なところで、僕らはタッチネットという反則を取られてしまった。
これに関して、僕らは誰が取られたのかもわからないような微妙な判定であり、バレーは試合が盛り上がっているときにこういった細かい反則には多少、目をつぶることもある。
もちろん我らが監督は大激怒。主審を務める相手校の生徒に向かっていった。
もし僕が主審ならば、すみませんと謝って今のプレーをノーカウントとする。練習試合なので、これくらいで大丈夫なことだが、なんせ主審を務める子は審判に対してプライドをもっていた。
監督は怒鳴り続けた。相手校の監督も、もうノーカウントにしてくれと苦笑いしている。しかし、判定は変わらない。ぐうの音が出るどころか言いくるめられないという覚悟を感じた。
監督はあきらめてベンチに戻った。機嫌は最悪であった。この後僕らに当たることは明白である。正直、勘弁してくれよと思った。
監督はベンチに腰掛けるや否や、扇子を床に投げつけた。相当イライラしていた。
投げつけられた扇子がひらく。
そこには”空気を読め!”と書いてあった。
扇子の言葉にはぐうの音も出なかった。