【読んでみましたアジア本】時代を記録し、時代を紡ぎ、時代の哲学を説く:残雪・著/近藤直子・訳『蒼老たる浮雲』(白水Uブックス)
今年のノーベル文学賞は、韓国の韓江(ハン・ガン)に贈られた。アジア人女性としては初の受賞で、アジア文学、そしてアジア人女性、などさまざまな視点から見て画期的な一歩となった。
受賞理由は「歴史のトラウマと向き合い、人の命のはかなさをあらわにする強度の高い詩的散文に対して」(毎日新聞より)とのこと。筆者はまだ彼女の作品を読んだことがないので、なにも語れるものはもっていない。ただ、SNSで流れてきた、彼女の作品に詳しい知り合いたちの「受賞への感想」から、彼女があの光州出身であり、作品でも同事件について触れていることを知った。
光州事件のとき、筆者は高校生だった。韓国で大変な事件が起きている――文字通り海峡を一つ隔てただけのところにいたけれど、まるっと「民主化要求」といわれても、わたしにはニュース報道で見る以上のことは知らなかった。ただ、激しく催涙弾などが飛ぶ様子をニュース映像で見ていただけだった。
実際、当時の筆者は海峡を隔てたところに暮らしていたけれど、あまり韓国を意識したことがなかった。暮らしていた地域には在日と呼ばれる居住者たちも多かったし、北朝鮮由来の学校もあった。あちこちに文化的な影響はあったはずなのだが、筆者の場合、両親が朝鮮半島とは距離がある他地出身の核家族移住者だったこともあり、家庭内でその影響を意識したような話題が出ることはなかった。
だが、光州事件を伝えるテレビの映像では催涙弾が飛び交い、街がそれが放つ煙でもうもうとしていたのははっきりと覚えている。そして、その後ずっとずっと、ずうーーーーーーっと後になって、いや簡単に言えばわずか数年前に、韓国という国があの事件をきっかけに大きな民主化への道を歩んだ結果、大きな意識変革が起きたことをやっと理解した。そして、それはまるで日本の「戦後」と同じ意味を持つ大事な歴史の節目となり、その後の日本との急速な関係の変化にも影響を与えたということを知った(詳しくは、2020年8月に配信した「読んでみましたアジア本:澤田克己『反日韓国という幻想』」の号を参照)。
それを知った時、それまであまり御縁というか、生身に感じていなかった韓国という国が、少しだけ、みずみずしい存在に感じられた。人間らしさを感じた。それまで人間らしくなかったというわけではないが、韓国のロジックがよくわからなかったせいで、嫌悪でもなくどちらかというと冷めた目で見ていたのが、その人間っぽい体温を感じ始めたというべきかもしれない。
なので、光州事件という歴史の大きなきっかけになった変革の中にいた人の思いをもっと理解するために、彼女の著作も近く読んでみたい。
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