
海の見えるバーガーキングと、トイレの香り[熊本県八代市への小さな電車の旅]
大好きな、小さな旅
気分が落ちてしまって上がらないとき、ふと電車に乗ってみることが多い。思いつきで目的地を設定。普段は、あまり乗らない電車に乗る。移動しながら、ルート検索などをして日程をぼんやりと決める。
このユルさが心地よい。
今回の目的地は、私の住む九州、熊本県熊本市の南に隣接する「八代市(やつしろ)」。
位置関係を少し。九州を縦に貫くように、JR九州の鹿児島本線が通っている。

バーガーキング
八代市に行ってみたいと思ったのは、バーガーキングがあるからだ。
SNSでバーガーキングの投稿を見かけたことがあった。今までに食べたことない、ワッパーという大きなハンバーガーに興味があった。いつか食べに行きたい。
ところが、私の住む熊本県にはバーガーキングが、なんと1店舗しかない。しかも、あるのは県庁所在地である熊本市、ではない。
八代市にある。しかも、ショッピングモール(ゆめタウン)のフードコートの中。あえてそこに進出したの?という、謎の立地である。
(ちなみに2店舗目が今春にオープン予定だが、こちらは熊本市内ではあるものの、東の外れのこれまたモールの中である)
※なお実際には、先日、久留米市(福岡県)を訪れた際に、人生初のバーガーキングは済ませている。しかし本当は、八代市のこの店舗に最初に行きたいと、以前から決めていた。記事の都合と、おとなの事情ということで、目をつむり、読んでいただけると、私としては嬉しい。
※さらに加えて、以降トイレの話が登場する。お食事中の方はご注意を。
八代市(やつしろし)とは
ここで八代市について、ご紹介しておきたい。
演歌歌手、八代亜紀さんは八代市出身である。2023年12月にお亡くなりになったが、全国的に名の知れた方である。
他には、畳の原料である「い草」の生産地としても有名。30センチほどもある柑橘類「晩白柚(ばんぺいゆ)」も特産品として有名で、贈答品などにもされている。
一方、西部は八代海に面している。臨海部にかけて製紙工場や肥料工場など大規模な工場が多く、工業都市としての一面もある。
西側は九州山地が迫り、東側は八代海に面していて、海と山に挟まれた土地という印象を受ける。
九州自動車道も貫いており、宮崎鹿児島方面へも接続されている。八代港もあり、陸海共に交通の要衝としても重要な場所である。
南部には温泉地「日奈久温泉(ひなぐ)」。また八代市の南部には、水俣市(負の遺産だが公害「水俣病」)がある。
初めての駅
実は八代市には、車で、仕事で、数え切れないほど訪れたことはあった。ただ、鉄道を使って駅に乗り入れるのは、初めてである。
熊本駅から、鹿児島本線に乗り、20分ほど。各駅停車で、のんびり揺られるには、ちょうどよい時間だった。
この日は土曜ということもあり乗客は多かったが、満席になるほどではなかった。八代駅が終点となっているが、近づくにつれて、乗客はまばらになった。
ちなみに、鹿児島本線の終点、八代駅からさらに南、水俣や川内(鹿児島県)方面、鹿児島市内まで線路自体は伸びている。
もともとはJR九州が運行していた路線だが、九州新幹線の新八代から川内間の開業とともに、第三セクターである「肥薩おれんじ鉄道」へと、運行が引き継がれた。
食堂車を使った観光列車も人気のようである。この辺りも、また次の機会に楽しんでみたいと思う。
駅からバーガーキングのある、ゆめタウンまでは3キロほど。
歩けない距離ではないので、徒歩で向かう予定だった。ところが、ルート検索をしていると「路線バス」という選択肢が、現れた。
八代市もご多分に漏れず、地方都市では、公共交通はズタズタに衰退して、見る影もないというイメージを持っていた。まさかのバスルートの登場に、少し驚いた。
私自身、公共交通にも関心が深い。俄然、新しい興味が出てきた。
八代駅に到着

さて、八代駅に到着した。
季節はいよいよ冬本番の2月。数日前から全国的に寒波が到来。外はキンキンに冷えていた。
電車の扉が開き、冷たい風が吹き込む。と、ともに、強烈な匂いが鼻を突いて、おもわず顔をしかめた。
トイレのにおいである。
言葉で説明するのは難しいのだが、まさしく、トイレのにおいであった。
というより、くみ取り式の便所の(これで最近の方には伝わるだろうか。昔の小学校のトイレのような)におい。そのにおいが、駅のホームに漂っていた。
全く掃除がされていない、古い公衆トイレの狭い個室に閉じ込められた感じ。いやその数十倍は強烈だった。
この辺りは、まだ下水が整備されてないのだろうか。今時くみ取り式なんて残ってるのか。
そう思いながら、ゲートのない簡易式の自動改札を抜けた。
駅は、昔ながらの平屋。コンビニ、待合室などだけがある、こじんまりとした駅舎である。
においに気を取られて、ほとんど写真を撮れなかったので、観光サイトなどからの画像で失礼したい。よくみると、この画像ににおいの発生源のヒントがあった。

強烈な「におい」の謎
入り口から駅前へ出たのだが、まだにおいは一緒についてきている。
眉間にしわを寄せたまま、とりあえず駅前にあるバス停を確認。電車に乗りながら、事前に乗るバスは調べていたものの、改めて時刻やルートを確認した。
ふと、見渡すと、駅の左側に、公衆トイレがあった。
ははーん。なるほど。あそこからにおいが来ているのか。
バスに乗るまでに10分ほど時間があった。ついでに先にトイレを済ませておくことにした。
においの発生源は、さぞや、とてつもないことになっているだろう。卒倒して気を失わないだろうか。そう覚悟を決めると、そのトイレへ向かう。戦場へ向かう兵士の面持ちである。
すると、なぜか、トイレのにおいは、すっと、落ち着いた。
毒を以て毒を制する、的な話ではない。トイレは壁で囲まれていて、換気扇も回っていたので、弱くなったのである。おそらく。
???
この強烈なにおいは、トイレの、におい、では、ない?
頭の中に?マークをたくさん浮かべながら、用を足す。
では一体、このにおいは何なのだ?
「におい」の謎、のつづき
バス停に戻ると、乗客がひとり待っていたが、まだバスは来ていなかった。
私はスマホを取り出し、検索し始めた。
八代駅 くさい
八代駅前 くさい
八代駅 トイレのにおい
八代 くみ取り便所
八代駅 う○こ
八代市民の方に見られたら、失礼極まりない検索ワードを、次々と入力。検索ボタンを押した。
しかし、情報はまったく出てこない。
この八代駅前で、一体何が起きてるのか。わからないまま、乗る予定のバスはやってきた。
製紙工場の「におい」
さて、いつまでもトイレの話を書くのも、どうだろうか。この辺りで結論を結んでおきたい。
帰ってから、改めて調べた結果。
このにおいは「製紙工場から発生したにおい」であった。
改めて地図を見てみると、八代駅の北側に隣接して「日本製紙八代工場」が建っている。

紙を製造する際に「苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)」と「硫化ナトリウム」が使用される。特に、硫化ナトリウムには、硫黄成分が含まれていて、それが悪臭の原因となるそうだ。
また、紙の原料であるパルプを漂白する際にも「次亜塩素酸ナトリウム」が使用され、こちらも同じく、においの悪臭の原因になるという。
平成23年度のデータになるが、市が悪臭や排水について調査した結果がまとめられていた。

もう少し調べていると、やはり工業都市でもあるゆえ、昔からにおいに対する苦情や問題意識は根強いようだ。それでも「煙突を高く伸ばしたりして、昔よりはだいぶ改善されている。」との記述があった。
少し古い2009年の記事の引用にはなるが、これまでも改善は続けられてきたようである。
ほんとうに大丈夫なのか?
ということはである。
強弱はあるとはいえ、駅前や町中には、基本的に毎日このにおいが漂っているということになる。風向きによっては5キロ近く離れても臭ってくるという話も見かけた。
現地に住んでいる人は、もう慣れっこなのだろうか。
駅前には、客待ちのタクシーが数台止まっていた。運転手さんは、外に降りて休憩をとっていた。ただ、鼻を押さえたり苦しそうにはしていなかった。
駅に出入りする人も同様に、苦しそうに顔をしかめているような人は、見かけなかった。
あのにおいを毎日嗅いで暮らしていて、害はないのだろうか。余計なお世話かもしれないが、こちらが心配になるほどである。
駅前に食堂などが見当たらなかったのも、決してさびれていたわけではなく、このにおいのせいなのか?
たしかにこのにおいを嗅ぎながら、食事をする気には到底ならないだろう。
ちなみに、八代駅の2キロほど北に離れた場所に、九州新幹線が停車する「新八代駅」がある。
それに関しても、八代駅ではにおいがきついので、新幹線の駅は、この製紙工場から離れた別の場所に新たに作った、という真偽不明の情報まで出てきた。
たしかに、地元利用より、観光など外からの利用が多いであろう新幹線の駅。降りた瞬間にこの匂いに襲われるのは、いささか面食らうだろう。
もし事実であれば、良い判断だったと私も思う。
循環バスに乗る
においの謎が解けたところで、バスに乗ってからの話を書こう。
私が乗ったのは「みなバス」という、八代市内中心部を循環するバス。いわゆるコミュニティバスである。
2010年10月に、八代地区のダイヤ改正がされた。その際に、以前運行されていた路線が再整備されて、正式運行が開始されたそうだ。運行は地元大手バスの「産交バス」が行っている。
「みなバス」「まちバス」「ゆめバス」と3系統ある。運賃は定額180円。回数券もあり安価である。


右に左に曲がりながら、市役所、総合病院、公園などに停車していく。生活に必要な要所を押さえていて、車を使わない高齢者の足としても、とても頼りがいを感じる。
15分ほどで、目的のゆめタウン八代に到着。バスは駐車場内のモール入口まで乗り入れてくれる。雨の日などは便利だろう。
この後は、もう一つあるショッピングモール(イオン八代)を回って、駅前に戻るようだった。
小さな町のわりには、交通の便は良い
店内へ向かう前に、帰りのバスの時刻を確認。
経由地はいろいろとあるものの、ほとんどのバスが駅へ向かっており、便数は想像より多かった。
また、バスのダイヤは、JRのダイヤとの調整がされているようだった。
八代駅に到着した時も、10分ほどでバスはやってきた。帰りも、駅に着くとすでに、熊本行きの上り電車はホームに入線していた。
こういった小さな町でありがちな、何十分何時間も、何もないところで、ひたすら待つということはない。

私は、訪れた土地で、バスの車窓からぼんやりと町並みを眺めながら、ここに住むとしたらどうだろうと、空想するのが好きだったりする。公共交通を活かしたまちづくりにも興味があるので、どんな工夫がされているかと考えてみたりもする。
町が小さいと、公共交通の整備などにおいては、小回りがかえって効くのだろう。同じ地方の車社会であっても、大きな街よりは、逆に便利なのではないかとさえ感じた。
海が近く干拓地も多い。風は強いものの、地形はほぼフラット。あまり建物も密集していないため、道路幅にも余裕を感じる。
私が好きな、自転車を活用するのも良さそうだ。
循環バスも併用すれば、駅までの交通手段は十分に確保できる。電車に乗れば市内へ出られる。家賃も、市内よりはもちろん安いだろう。ここに住んでみるのも悪くないなと、今回思った。
余談だが、路線のナンバリングは最近、地方でも積極的に進められてきた。今回もその効果を大きく感じた。
私のように外から訪れると、土地勘もない、地名すら読めない。でも、番号さえ間違えなければ目的のバスに乗ることができる。とてもわかりやすいと思う。
自転車預かり所って、なに
そういえば、駅前で「自転車預かり所」という看板を、いくつも見かけて気になった。熊本市内などでは見かけない施設である。
駐輪するかわりに、屋根のついた建物内で預かってくれる、民間の施設のようだった。歴史的に古くからあるものなのだろうか。たしかに駐輪場は見かけなかった気がする。
それ以上の情報はわからなかったが、少し気になるものだった。
バーガーキング到着
そんなこんなで、ゆめタウン八代内にある、バーガーキングに到着。
よくあるショッピングモールにある、フードコートの一角にあった。
窓が大きなフードコートはとても開放的。窓際には海が見えるカウンター席があった。これは想定外で、一気にテンションが上がった。
耳が聞こえないので、注文はセルフオーダー端末を使う。スパイシーワッパーとホットコーヒーを注文。出来上がるまで待っていると、その狙っていた窓際の特等席が空いたので、いそいそと確保した。
ところで八代駅に着いてから感じていたことだが、どう表現していいか迷うが、良い意味で癖がある個性的な方を、多く見かけた。
人のことを言えないが、かなり奇抜なファッションだったり。
人が少ないから、かえって目立つのか。田舎の開放感で、自由に生きていても他人の目が気にならないのか。その両方かもしれない。
窓の外にはテラスがあり、外に出て近くで海を撮りたかったけど、寒そうなのでやめた。なにより、これまた個性的な、今となっては希少価値すらある「ヤンキー」がたむろしていたからでも、あるのだが。
しかし、このヤンキーの方々も、小さい頃から、あのトイレの良い匂いを嗅がされて、この地で育ってきたのだと思うと、なんだか微笑ましくなり、憐憫のまなざしすら向けてしまうのであった。
2月とは思えないほどに、窓越しの日差しはとても暖かかった。強風で波立ちキラキラと揺らめく海面をぼーっと眺めながら、これまでの道中を振り返り、ワッパーにかぶりついた。
現地を知る面白さ
ちょっと数時間のひとり旅を記録しておくつもりが、思ったよりも長くなってしまった。
そろそろ結びにしたい。
結局トイレの話に帰着して恐縮なのだが、観光案内にも「八代駅前はくさい」(原文ママ)という情報は、一言も書かれていない。
インターネットにも、前述した検索結果の通り、ほとんど情報はない。それは、そうだろう。少なくとも大々的に、宣伝したい事実では、ない。
だからこそ、現地へ行ってみる面白さが、ここにあると、私は今回思った。
いくら下調べしようと、現地に行ってみないとわからない、気づかないことの方がたくさんある。旅の醍醐味はまさにこれである。
普段使っている、紙が手に入るのは、あのにおいの賜物なのだ。
そう考えると、普段は雑に何枚も使ってしまいがちな、ティッシュや紙も、大切にしながら使う気持ちにならないだろうか。私はなる。
ティッシュを1枚手に取るたび、あの強烈なにおいを放つ工場とともに暮らしている、八代市民ひとりひとりに、深く頭を下げたい。
ふたたび駅前に戻る。名残惜しそうに鼻にこびりついてくる、その香しいにおいをどうにかかみ殺しながら、電車に揺られて帰路につくのであった。