天使、安田顕、オカマバー、魅惑で不思議。「小川町セレナーデ」。
性転換&全身整形をさせられたヤクザがアイドルになるべく奮闘する2019年の映画「BACK STREET GIRLS -ゴクドルズ-」でちょっとだけ話題をさらった原桂之介監督の処女作、「シン・仮面ライダー」「ラーゲリより愛を込めて」ほか数々の話題作に助演、主演作なら「俳優 亀岡拓次」「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」ほか確かな演技を見せる、通なら知ってる?男優:安田顕の実質主演作「小川町セレナーデ」より。
「小さなスナック」と聞いて何をイメージするだろうか。頭の痛くなるような安いお酒。ママの手料理。またはファム・ファタール。一般的なイメージはこうだろう。
スナック「小夜子」には、何もない。あるといえば、鈍重なカラオケ機材だけ。そりゃ常連客は来るだろうが、これで経営が成り立つとは思えない。これでよく真奈美は小夜子を一人で育ててこれたものと思う。
生活にやつれた匂いがしない、不思議な空間がある。
そんな人間のすえた匂いのしない空間だからこそ、天使が降り立つのかもしれない。本作におけるオカマダンサー・エンジェル=安田顕が、まさに天使だ。
安田顕という役者は、男っぽいけど女っぽいし 、大人っぽいけど子供っぽさもあって 、一面的でない 。しかもそれを素でやっている。
つまりは人間離れした演者なのだ。
そんな彼が「エンジェル」という名のダンサーに身をやつした本物の堕天使だったとしてもおかしくない、そんな不思議なリアリティが存在する。
オカマダンサーといっても、「そういう人間もいるのだ」と理解が追い付いたつい最近のなりたてではない。小夜子の年齢設定から逆算すれば:80年代にその道に進み、90年代の寒い時代を乗り越えた、歴戦のオカマダンサーだ。
一般的な美男美女の感覚で言えば、すでに美しさの峠は通り越しているところ。今のご時世、ちょっと年やつれしてるか、または冷たい目線にやさぐれたりしているか、どちらであってもおかしくはない。それなのに、彼は昔のまま変わらず、未だに美しい。
それは、他人にこう見られたいとか 、自分をこう見せようと無理していないからだろう。自然体、素のままでいるから、気品がある。気品が、時間を凍らせている。
そんな気品のある彼が、実娘・小夜子の声に耳を傾け、手を貸す。小夜子は自分の魂に優しく触れるエンジェルの声に、力を得る。
とんとん拍子に偽オカマバー化計画が進み、小夜子の荒んだ心が蘇るのも当然だ。 なんせ本物の天使が誘っているのだから。
本作のいささか強引ともいえるプロットは、安田顕という役者一人によって、たしかに息吹を吹き込まれているのだ。
なお、本作には「インディー映画の神様」大杉連も出演、渋い演技で画面を引き締めてくれています。