映画「マシニスト」 それは、襤褸をまとったココロとカラダ。平衡崩せばもどれない。
いま、この記事を書いている午前3時24分時点で、まったく眠気がない。
別になにがあったわけでもない。仕事でクタクタになった脳みそが欲するまま、昨夜午後23時40分に床につき、本日午前0時32分に浅い眠りから覚める。以降、ずっと頭が冴えている。 エンドルフィンがびゅーびゅー出てるのだろう。
テレワーク推奨なのは幸い?
別に不眠は私にとって珍しくもないが、こういう事態が何日も続くと、心が参ってしまう。 だから、本作品のクリスチャン・ベールの気分は、よく分かる。
工場で働く機械工のトレバーは原因不明の極度の不眠症に陥り、既に1年間365日眠っていない。体重は、かつての半分近くまで減り、まるで生きた骸骨のようにやせ細っていた。それでも日々、規則正しく工場へ行き仕事をするトレバーだったが、ある日、自宅の冷蔵庫に「____ER」と書かれた不気味なハングマン・ゲームの貼紙を見つける。その日を境に、彼の周りでは不可解な出来事が起こり始める。誰かが自分を陥れようとしている・・・そう感じた彼は真相を探り始めるが・・・。
人間の想像を超えた限界点から始まる、未体験ショック・ムービー!
キャスト
トレパー:クリスチャン・ベール(声:小山力也)
ほか
スタッフ
監督:ブラッド・アンダーソン
ほか
アミューズソフト 公式サイトから引用
眠れない、これは非常に過酷な状態だ。
この世の中に自分の疲労と睡眠の欲望以外のものがあるということを、極力忘れようと振る舞わなくてはならない。だから、トレパーは健常者と同じように毎日仕事に出かけ、娼婦のスティーヴィーの元に行き、深夜に空港に出かけウェイトレスのマリアと雑談をする。日常のルーティンを保つことで、正気を保とうとする。
「お前は正気じゃない」と他人から遠回しに指摘されたことで、トレパーの心の平衡は、崩れる。
怒涛のように彼に襲いかかる精神的不安定。それがフィルターとなって、トレパーが見る凡てのものに覆いかぶさる。
どこもかしこも、殺風景な白い部屋。
頭上からは、耳ざわりな低い音を立てる蛍光灯のまぶしい光。
一言でいえば「瞼なしで生きているのと変わらない」荒いフィルムの粒子の向こうにくっきり再現させる妄執の世界に、ぐいぐい引き込まれる。
焦点が合わぬ世界の中で、唯一ピントが合っているのが、トレパー(演じるクリスチャン・ベール)がぎりぎりまで肉を削ぎ落とした身体、であると言えよう。この身体が主役なのだ。
シャツを脱げば現れるのが、ぶざまによろついた 、ほとんど毛のない、みすぼらしい裸の、白い猿。がりがりに痩せ細った身体は、「頭蓋骨だけ」と最早言って良い頭部すら支えるのに、精一杯。
体のバランスすら保てないのに、心の平衡をなぜ保てようか。
突発的に噴き上がる憎悪・憤怒・怯懦・妄想に只任せる他ない自分にたいし、途方に暮れている様に見える。彼はこの状況を自分自身の力で打開することがで、きない。不眠が治るのをただ運を天に任せるしかない、どこまでも堕ちていく。だから、非常に陰険な映画だ。
クリスチャン・ベールが片足をどん底に 、もう片方の足を墓場に入れた人物を演じる。「真夜中のカーボーイ」におけるダスティン・ホフマンのように、「こいつ、どこか、ビョーキだ」と目に見えてわかる佇まいをしている。おぞましく魅惑的な彼の姿を目に焼き付けるだけでもじゅうぶん、お釣りは来る。
メフィストレスのように何処にでも現れ何処までもクリスチャン・ベールを付け回す不気味な黒人:ジョン・シャリアンの、そこにつっ立っているだけで絵になる巨圧な存在感も、見事。
もちろん、「なぜトレパーは眠れないのか」という謎、
1年間眠れない理由が、徐々に明らかになっていく過程も、みごとである。
人間の心情の機微をうまく描き出した本作、隠れた傑作といえる。
とはいえ。 不眠のものがたりは、フィクションの中だけで結構だ。
ホットミルクでも入れて、あと3時間くらいは眠ろう。
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