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ぼくは砂漠に生きている。「穴 HOLES」(ルイス・サッカー著)。
「まずい時にまずいところに」いたために、
代々、イェルナッツ家の人々は辛酸をなめてきた。
20世期末を生きる少年スタンリー(イェルナッツ四世)も例外ではない。
当時の子供たちのあこがれナイキのエアマックスが、スタンリーが散歩していたところ、頭上から降ってきたのだ。
スタンリーはそれを思わず手に取る、運悪く「それだけが」オトナたちに見つかってしまい、盗難罪で起訴される。靴泥棒の汚名をきせられ、青少年犯罪者の矯正施設グリーン・レイク・キャンプで18ケ月服役させられることとなる。
グリーン・レイク・キャンプは「レイク=湖」とは名ばかりの砂漠。
スタンリー少年は、砂漠のど真ん中、脱出不可能な矯正キャンプに収容されてしまう。18ヶ月間も、逃げ場なし。
無実の罪で少年たちの矯正キャンプに放りこまれたスタンリー。かちんこちんの焼ける大地に1日1つ、でっかい穴を掘らされる。この苦行は人格形成のためとはいうが、本当はそうではないらしい。ある日とうとう決死の脱出。友情とプライドをかけ、どことも知れない「約束の地」をめざして、穴の向こうへ踏み出した。
友情と感動の物語!
講談社公式サイトから引用
施設を運営し子供たちを監督するのは、謎の女所長、一癖ある図体の大きい男ミスター・サー、そしてカウンセラーのドクター・ペンダンスキーの三人だ。
彼らは、少年たちに1日1個、「人格形成のため」といって大きな穴を掘らせる。少年たちは朝暗いうちから出かけ、毎日毎日、干上がった湖の底を掘リ続けさせられるのだった。
何のために掘っているのかも次第にわからなくなるほど、一心不乱に、半習慣的に、ひたすら、地面を掘り続ける。人生の貴重な少年期が、二十四時間 、三十六時間 、四十八時間 、穴掘りに奪われて行く。
要するにここは社会の底で、さらに墓穴を掘らせられるのだ。忍耐を強いられる社畜造成工場。
一面広がる不毛な大地。熱を持った濃厚な大気。容赦なく照りつける日差し。
そこで穴を掘るのは、過酷な所業だ。
いかに体力を保持するか。いかに効率よく掘るか。
生き残るために効率よく土を掘るためのメソッドを模索するスタンリー少年の描写、リチャード・バックマンの「死のロングウォーク」を思わせて、なかなか読み応えがある。
刃の肩に乗り、親指のつけ根を柄にあてがって押し下げる。こうすると、マメだらけの指で柄を握るより、痛みが少ない。
すくった土は、穴の縁からできるだけ遠くへ放った。そうすれば、深く掘っても、穴のまわりに、まだ、のせてゆくゆとりがある。
(中略)
一度にシャベルひとすくい。それだけに集中して、そのあとの膨大な作業のことは考えないようにした。もくもくと掘りつづけ、一時間かそこらすると、こわばっていた筋肉が、少しほぐれてきたようだった。
ほぐれてはきたけれども、シャベルをつき立てようとして、スタンリーは思わずうめいた。柄に巻いていたキャップがすべり、シャベルが手からすっぽぬけた。
倒れたシャベルをそのままに、スタンリーは水筒に口をつけた。給水トラックがくるころだ。が、万が一を考えて、全部は飲まずに残しておいた。最後の一滴を飲み干すのは、トラックを目にしてからだ。きのう学んだ教訓だった。
66ページから引用
当たり前だがここは砂漠のど真ん中、雨が降るはずもなく、朝に持たされる分+一日に一回運んでくる給水車の補給分 水筒代わりの牛の革袋二つ分の水で、その日の渇きを堪えなくてはならない。
もちろん、トラックが補給してくれるかどうかは、監督者の気分次第だ。
ミスター・サーは、三十秒ほど水を出しっ放しにして、ようやくタンクの口を閉めた。「もっとほしいか?」
スタンリーは答えなかった。
ミスター・サーは給水タンクの口をあけた。スタンリーはまた、地べたに落ちる水を見つめた。
「そら、満杯だ」ミスター・サーはスタンリーに、からの水筒を返してきた。
スタンリーは地べたの黒い染みを見つめた。みるみる小さくなってゆく。
「ありがとう、ミスター・サー」スタンリーはつぶやいた。
142ページから引用
ミスター・サーを囚人ものの看守に置き換えてみよう。
サーだけじゃなく、三人とも、残酷なオトナだ。
さて、スタンリーは、キャンプの子供たちからすらハブられている黒人の少年:ゼロと友情を結ぶことになる。彼は学校教育も受けられない極貧の生活を送ってきた、だから文字が読めない、だから変なヤツだと、村八分にされている。
他方、ゼロには(キャンプ内の全員が真似できない)特技があった:
きょうが七月八日だとして、グリーン・レイク・キャンプへきてからどれくらいになるだろう。「五月二十四日にきたんだから……」スタンリーは声に出して考えた。「きょうで、ええと……」
「四十六日」ゼロだった。
スタンリーはまだ、五月と六月は何日あったんだっけかと、そんなことを考えていた。言われて、ゼロをふりかえった。ゼロのすごい計算力には、もう驚かなくなっていた。いつも正しい。
172ページから引用
「文字が読めない」「そのくせ、自分たちより賢い」ゼロへの当たりはきつい。オトナ3人が「いうことを聞かないから」と、「ゼロが文字を読めないこと」を炎天下、ほかのガキどもの前で公然と笑う(引用するのも辛いほど、きたない言葉が浴びせられる)シーンは、本作の見事なハイライトだ。
そんなある日「もう穴は掘らない」とゼロが自由を求めて脱走する。
スタンリーは、彼を見捨てることができずに、脱走する羽目になる。
そこで、呪いを目にすることになる:砂漠一面に広がる「穴」だ。
一世紀以上に亘り、何百、何千人もの手で掘られ続けた墓穴だ。
キャンプでは、穴は、列を作って整然と掘られていた。給水トラックを停められるよう、そのぶんの余裕もあった。ところが、このあたりには、なんの秩序も見られない。まるで、所長が、いらいらしては手当たりしだいに場所を選んで、「くそっ!ここ掘れ!」とわめいて掘らせたかのようだ。宝くじで一等賞を引き当てようとするみたいに。
198ページから引用
なぜオトナ三人は、一世紀以上も穴ぼこを掘り続けたのか。
そこには、彼ら三人と、イェルナッツ家とを結びつける、西部開拓時代の呪いというべき不思議な「因縁」があった。宝物が砂の中に埋もれている。そのことに、スタンリーはゼロが逃げ延びていた百年前の沈没船で気付く。
沈没船に積まれていた桃の瓶詰め、ゼロが言う「ザブン」で飢えと渇きを癒して、ふたりは宝物が埋まっているであろう場所:ビッグ・サムを目指す。
炎天下、ギラつく砂漠をとぼとぼ歩くふたり。文明社会と異なり、人間のスケールを遥かに超える広大な世界で、虚実の境界が融解する死と隣り合わせの世界。
顔は焼け、土で汚れ、節々は痛み、胃は空っぽで、足取りは怪しい。
加えて、ゼロは「ザブン」で下痢になって慢性脱水状態。
辿り着けるのか。 いつしか2人の頭には、「死」がつきまとうようになる。
「もうおしまいなのか…?」
その一歩手前で、ふたりは水に、たどり着く。
ぬかるみにつっぷしたまま、ぼうっとなった。もう起き上がれない。その気力すらあるのかどうかわからない。はるばるここまでやってきて、そのあげくが……スタンリーははっとした。ぬかるみ?水だ、水がある!
流そうにゆるい土を、スタンリーは両手を使って掘っていった。暗くてなにも見えないけれど、指先に小さな水たまりを感じる。スタンリーは穴のなかに顔を突っ込み、泥をなめた。
スタンリーは、すくった水をゼロの顔に落とした。
目は閉じられたままだった。が、唇のあいだから、しずくを求めて、舌がのぞいた。
スタンリーはゼロを穴のそばへひきずってゆくと、土をかき、両手で水をすくいあげ、ゼロの口にそそぎこんだ。
そうして土をかいていたら、指になにか当たった。なめらかな感触の、まるいもの。石にしては、なめらかすぎるし、まるすぎる。
スタンリーは掘り起こして、泥をぬぐった。タマネギだ。
皮もむかずにかぶりついた。口のなかに汁があふれる。苦みがあって、ぴりっとくる。目にまでつんときたほどだ。飲みこむと、あたたかなものがのどをうるおし、胃のなかへ落ちていった。
228ページ〜229ページから引用
そして、ゼロにこう伝える。 彼がいちばん食べたい食べ物の名を。
アイスクリームサンデーだよ。ホットファッジのたっぷりかかった。
229ページから引用
ごくりと思わず、ナマのタマネギをかじりたくなる、一文だ。
水とタマネギに命を得たふたりは、遂にビッグ・サムにたどり着く。そこで目撃したもの、宝物の正体。イェルナッツ家の呪いの行方。 それは。
ネタバレは避けるが、オトナたちと対峙した時、死と隣り合わせの世界が「さそり」に姿を変えて、スタンリーとゼロの味方をすることに、触れておこう。
前半から中盤まで、少年たちの小さい体にはあまりにきつすぎる砂漠の過酷さ、運命の過酷さを、これでもかこれでもかと書き連ねる、
後半以降、その砂漠を放浪することになる:いつしか砂漠は2人の友人・理解者へと変じていき、その力を得て2人は最後、大逆転を勝ち取る。祝福の雨を受ける。
ティーンエイジ向けと言わせない、大人にも十分読み応えある一冊だ。
なお本作は「コララテル・ダメージ」の監督の手で、2003年に映画化された。
流石に後半の悲惨な泥まみれの行進は、マイルドな描写に置き換わっているものの、前半〜中盤の砂漠の中での逃げ場なしの生活の過酷さは、見事に再現。
原作はゼロとの一対一の関係にスポットライトを当てていたが、映画では他の仲間たち(ワルガキたち)との友情部分にも、尺が割かれているのが特徴だ。
だから、最後の優しい雨は、みなで一斉に浴びる。実に気持ちよさげに!
本作、Disney DELUXE でも密かに配信されている。「天使にラブソングを…。」「ミクロキッズ」「ハービー」「マイティダックス」と90年代〜00年代前半のディズニーが得意とした粋なヒューマンドラマ。この週末に、ぜひ。
そして、本作の著者ルイス・サッカーの邦訳最新作は「泥」だ。
需要大のバイオ燃料増産のために開発された微生物:エルゴニム。それが山奥のラボから流出する。腐葉土を好み細胞物質を分解し化学物質を生成するこの微生物、人間に感染すると、まず表皮の「栄養素」を食べ尽くして皮膚に湿疹を作る。やがて体内に侵入し、神経細胞すら食い散らす。 感染力は高い。
山へ遊びに行った主人公、靴についた泥から街に微生物が持ち込まれ、数万人に感染者が出る大災難に…。(そして主人公も、あわや失明の危機に陥る。)
偶然とはいえ、おそるべき予言の書だ。
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