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女剣士?いやいやお坊さんが最強、これ世界の常識。武侠映画の傑作「侠女」。

あらゆる創作媒体において、女剣士 というのは、いいものだ。
男の手を借りずとも、めちゃくちゃ強けりゃ、なおさら、惚れる。

1972年製作の本作は、世界に先駆けて「強い女剣士」を主役にした映画だ。
凄まじいパワーインフレの挙句、なぜか坊さんが最強になってしまうのだが。

ストーリー
明朝末期。書生のグーは、小さな村に母親と暮らしていた。ある日、店に現れたオウヤンという男に、住んでいるチンルー砦のことを聞かれる。近所を調べると、そこには美しい女性ヤンが越してきていた。時が経ち、グーとヤンの距離が縮まる中、二人の目の前に待ち構えていたオウヤンが現れ、剣を抜きヤンと戦い始める。なんとヤンは政府(東廠)に処刑された大臣の娘であり、唯一の生き残りだった。人相書を頼まれたことで事実を知ったグーは、姿を消したヤンを探し出し、彼女とその仲間を助けるために、兵法を使って東廠の追跡隊を罠にかけるが…。
スタッフ
監督・脚本:キン・フー(胡 金銓)
プロデューサー:シャー・ユン・フォン
撮影:ファ・フィイン
音楽:ウー・タイコン
武術指導:ハン・インチェ
CAST
シュー・フォン、シー・チュン、ティエン・ポン、パイ・イン、ロイ・チャオ
松竹DVD倶楽部 公式サイトから引用

竹藪の剣戟、「グリーン・デスティニー」の元ネタ。


印象的なのは、トランポリンによって成立された「跳ぶ」動作だろう。
「グリーン・デスティニー」ほど荒唐無稽ではないが、美しい山林原野の中で剣士が躍動し、木々の間を軽やかに駆け回り、流れるようなリズムの美しいカットがそのアクションを支える。 流暢さ、とても70年代の映画とは思えない。

もう一つ印象的なのは、女剣士ヤンが既存の秩序に挑戦するキャラクターだということだ。 チャン・ツィイー演じる「グリーン・デスティニー」の玉嬌龍と同様に。
クロースアップだと目力強すぎて超人的だが、遠目にみれば美人。口元はいつもきっと結んでいて、強い意志を感じさせる、魅力的な女性だ。

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そして戦えばめちゃくちゃ強いのだ。演じるシュー・フォン自身は(この時点で)武術経験がほとんどない。しかし、剣劇やクンフー・シーンでの迫真の演技は、観客を納得させるだけの存在感がある。
外見は氷のように冷たい佇まい、内面に燃えるような闘志を秘めた女剣士。以降、シュー・フォンは「冷艷侠女」というニックネームで呼ばれるようになった。

なお、女優引退後の彼女はプロデューサーに転業、93年の名作「さらば、わが愛・覇王別姫」を担当している。

チャーミングなスマイルをいつも絶やさなかった玉嬌龍に対して、ヤンはいつもむっつり、時に沈痛な表情すら浮かべる。
ヤンに一体何があったのか? そこには、哀しい政治の傷跡があった。


逃げ切るまでは眠れない。


お話は明末。
明末の天啓帝に仕えた宦官:魏忠賢は、賄賂を行い、財を蓄え、さらに配下の都合の悪いことも賄賂を貰って握りつぶす悪代官。
その人間の屑っぷりは、党争を利して、ライバルも恩人も出世の邪魔になるならば容赦なく葬り、絶対的な権勢を得ると、 自身を尭天舜徳至聖至神と称し、聖人であると言わせ、九千歳(万歳とは言えなかった)と唱和し、民衆に讃えさせた程。

なんでこの男が権威を恣にしたかというと、秘密警察:東廠の長官だったから。
彼が躍進する一時代前、明の国政は、江南の士大夫を中心とした理想主義的な政治集団:東林党と、現実主義的な反東林党派の間で大混乱。
魏忠賢は、東林党らの大弾圧を方便に政界の表舞台に躍り出た。
異議申し立てる東林党に対する閣僚達の憎しみは強く、魏忠賢による弾圧にまずは喝采をあげ、すぐに大きく後悔する。魏忠賢の弾圧の矛先は東林党に限らなかったのだ。全国にスパイを放ち、少しでも悪口を言った者をどんな瑣末でも捕え、処刑し、庶民を締め上げ、官僚たちも保身を図って同調した。
だから彼&彼を止められない天啓帝の悪政の中、民の怨嗟は危険水域に高まっても、不平分子は反乱を起こさずじまいだったわけ。
外敵登場。
つまり、満州女真族の首領:ヌルハチが後金を建国し宣戦布告するまでは。


東林党の残党狩りが津々浦々で継続する中、ヤンは追われている身。彼女はさらに山奥の寺院に分け入り、仏門に入り俗世を捨てようとするも、そこにも東廠の密偵が追いかけてくる。

かくて、本編は、ヤンと東廠の刺客の間の最終決戦で、幕を開ける。
映画の雰囲気自体が、最後の30分でがらりと覆ってしまう。きゃっきゃうふふなグリーン・デスティニーとは正反対、むさすぎる男たちが画面を横切っていく。グーの出番?ないよ。


とびっきりの最強対最強。


ご覧の通り、東廠選りすぐりの刺客が勢揃い。

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とくに集団の長:オウヤンがめちゃくちゃ強い。
胡散臭い髭の中年男。この外見、そして中央から派遣された軍人、という設定。今はなつかし「ハガレン」における、ユースウェル炭鉱でエルリック兄弟にとっちめられたヨキを思い出す方もいるだろう。(登場は第1巻:荒川先生が忘れず最終巻まで活躍させてくれたのが、嬉しかった。)
ヨキはヘタレだが、オウヤンは冷酷で生粋の刺客だ。

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このヒゲオヤジ、他の刺客どもをきりきり舞いにする程強いふたり:ヤンと彼女の父親の元部下を、子供扱い。
追い詰められるふたり。
俗世を捨てても、修羅場を潜り抜けた本職には勝てないというのか。

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その時、割って入るものがいる。

坊主だ!後光がさしている。

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彼が歩むところ、水は揺れ、風は凪ぎ、光は揺れて、天変地異が起こる。
そしてオウヤンを「触れるまでもなく」子供扱いする。
怪異そのもの。 東廠の連中を改心させてしまうのだから、たいしたものだ。

一歩間違えれば「お笑い」になりかねない展開を、
抜群の演出力で乗り切る。 これ、

■近年のアクション映画の原点となる作品
香港のスピルバークことツイ・ハークは監督の熱烈な信者だが、武術指導を兼ねるハン・インチェは後に「ドラゴン 危機一髪」でブルース・リーを演出。その片腕役になんと若きサモ・ハン・キンポーが扮す。キン・フー作品でのスタントをきっかけに多くのスターや武術指導者が育ち、今なお活躍中。そして「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」も「グリーン・ディスティニー」も本作やキン・フー監督の作品群がなければ存在しなかったかも。

公式サイトに書かれているのも、当然のことかな。


なお本作は1975年のカンヌ映画祭で高等技術委員会グランプリに輝いた。

※本記事の画像はCriterion公式サイト から引用しました。

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ドント・ウォーリー
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