陰鬱で世界の果て。ドイツ映画の古典「カリガリ博士」。
たまには壊れた世界を覗きたくなる。歪んだ世界を目の当たりにしたくなる。
白昼夢の世界。 100年前の映画「カリガリ博士」は、いかがだろうか。
白昼に見る悪夢!
あらゆるホラー映画の出発点になったドイツ表現主義の至宝。
あるドイツの田舎町、奇妙なカリガリ博士は夢遊病者を連れて見せ物小屋を開こうとする。
冷たくあしらった役人は死体になり、見せ物小屋の客は夢遊病者の予言通りに死んで行く…。
極端に白と黒のコントラストが強い映像とゆがんだ書き割り調のセット、不安定な空間に呪われた加害者と被害者の幻想が交錯する。
監督: ロベルト・ヴィーネ
出演: ヴェルナー・クラウス/コンラート・ファイト/リル・ダゴファー/フリードリヒ・フェアー
IVC公式サイトから引用
大した筋書きは存在しない。 チューザレ少年が、悪夢の中を彷徨うだけだ。
目を凝らすべきは、背景美術だ。
当時のドイツにおいて、様々な芸術分野で流行していた表現主義を取り入れ た最初の映画であり、その代表作。
この物語の舞台美術は全て紙で作られていて、奇妙な模様で彩られ、影さえもあらかじめ書き込まれている。
背景やセットはすべてデフォルメされており、例えば、役所の役人の椅子が馬鹿げて高くつくってあったり、建築物が明らかに傾いていたり、空が三角形の破片で光ったりしている、という具合。 例えばこんな感じ。
結果、それは観る者を不思議な世界、不安な世界へと誘う。
そう、チューザレ少年の、目が焦点を結ばない表情のように。
台詞はないのでキャラクターはアクションでしか表現されない。全ては妄想の世界であるという設定もあって、表現主義による歪んだ背景やセット、カリガリ博士やチューザレ少年のどぎついメーク、歪んだ世界が浮かび上がる。
チューザレ少年は夢見心地で歩き、カリガリ博士はフワフワ浮き立って走っていく。非現実的な人間の動きが、ことごとく、奇妙な世界にしっくりあてはまっているのが、恐ろしい。
結果、これは憂鬱、不安、絶望を表象した見事な映画へと仕上がっている。
(それは製作当時のワイマール国内政情とリンクしている。)
なお、主演二人のフィルモグラフィも、好対照をなしているのが面白い。
チューザレ少年演じたコンラート・ファイトは、本作製作10年後に政権を獲得したナチスに反対、イギリスに亡命、ハリウッドに渡る。出演作にはかの「カサブランカ」も存在する。なお、彼のドイツ時代のスチル写真こそ、「バットマン」の名ヴィラン・ジョーカーのモデルになっている。
カリガリ博士を演じたヴェルナー・クラウスはナチ政権下のドイツに残留、政権協力者としてポジションを獲得、プロバガンダ映画出演や「ファウスト」「ベニスの商人」ほか舞台俳優として精を出す。
(そして戦後は引退状態に追いやられる。)
「カリガリ博士」をめぐる二人の男優の運命。
テレビドラマ化したら面白い素材かもしれない。
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