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苦悩と忍従のひと。それが「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」。

第92回アカデミー賞で、メイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた「スキャンダル」。受賞したのは日本人のメイクアップアーティストである辻一弘


彼が同賞を受賞するのは、2回目。
今回は2017年(第90回)にて彼が他2名と共にメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を紹介。

主演のゲイリー・オールドマン直々のオファーにより、その特殊メイクを担当。

結果、ずんぐりで、髪がうすく、眼つきは鋭く、背中は曲がっていても、荒海、荒波の中でも岩肌に棲み着いて離れぬあざらしの様に巨大な風貌を感じさせる、大英帝国第61代首相 ウィンストン・チャーチルが、私たちの目の前に、現れた。


1940年5月15日朝、フランス首相が電話で「我が国は敗北しました。」と伝えたとき、グレート・ブリテンは決断の瀬戸際に立たされた。戦いか、講和か。
原題の「darkest hour」はまさしく、この時代の暗黒と苦悩、どう考えても思考がとぐろを巻いてしまう「闇に落ちた」状況を、的確に言い当てている。

ゲイリー・オールドマンは、この難しい局面においてサイコロを握っていた男を、見事に演じきる。思考は冷徹で、甘えはない。敵の甘言を頼みとすることはない。リアリストで、傲慢不遜で、ときに駄々をこねる姿は、我々が思い描いてきたチャーチルそのものだ。

他方で、今まで語られてこなかった裏の顔、苦悩と忍従も入念に、想像力を及ぼして書き込まれている。議事堂の中では腹を割って話せる同志のいないチャーチルの孤独。それを象徴するかのように、画面はろうそく一本だけを灯しているかのように暗く、色彩は白と黒と茶系統のみに絞られ、暗闇の中にチャーチルひとりだけが浮かび上がっているストイックなカットが多い。
劇中、チャーチルは「講和」を唱える誰彼問わず吼えたてる。
じぶんひとりだけが「抗戦」を唱えているのではないか?
じぶんひとりのせいでイギリスが滅びてしまうのではないか?
すくみあがりかけている心を、むりにでも、奮い立たせるかのように。

じぶんひとりで孤独に戦っている彼に、時の国王が助言をする。

「市井の人の声を聴け」

1時間半もの苦悩の後に、我々を焦らしに焦らした末に、逆転が始まる。

当たり前だが、現実はここまでドラマチックじゃない。史実と異なる箇所もある。逆に言えば、余分な「現実」というものを削ぎ落としたからこそ、あの時代、チャーチルが持ち得ていた「苦悩」「忍従」そして「決断」する力を、陰影強くくっきりと浮かび上がらせることができた。
政治家だけが見ろとは言わない、誰もが人生一度は直面するであろう「暗黒期」を乗り切る力とは何か。それを感じ取るだけでも十分、見る価値はある。


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ドント・ウォーリー
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