うちの子
長年、働きつづけた洗濯機が動かなくなった。
説明書を探しても、整理の悪さが響いて簡単に出てきてはくれなかった。
修理なんかで時間をかけるよりも、さっさとふんぎりをつけて作業所の行き帰りに必ず通る家電量販店のお世話になることを決めた。
ぼくは根っからの文系人間だから、生活スタイルと設置スペースとだいたいの予算を伝えて、店員さんにおまかせしようと考えていた。
入り口近くのインフォメーションで、事情を説明して担当者を呼んでもらった。
四十代後半のスラッとした男性だった。
毎日、ラジオで流れているテレフォンショッピングの彼と声質は似ていたけれど、あれほどのハッスル感は伝わってこなかった。
その代わり、眼鏡の奥には穏やかなまなざしがあるばかりだった。
眼をあわせたまま、言葉を聴き取ろうとする人だった。
ぼくに訊ねるときも、視線はなにも変わらなかった。
ほんの数分間で、なんともいえない安心感がひろがった。
さっそく、洗濯機のコーナーへ向かった。
インフォメーションからほどない距離だったので、彼は一度だけふり返ったぐらいだったと思う。
もちろん、つくらない笑顔だった。
ぼくが説明している段階で、彼のオススメはほぼかたまっていたのだろう。
まっすぐに一台の洗濯機の前へ行き、柔らかな口調でぼくに話しかけた。
「この子、いかがですか?」
ほんとうに、子どもの頭をなでるように、フタの上に乗せられた手はなごんでいるみたいだった。
即決で「この子」がわが家で働くことになった。
すこし購入の段取りから寄り道をして、彼に訊ねてみた。
「ホンマに息子みたいに思ってはるんですか?」
ぼくの言葉に、いよいよ表情はくずれていった。
「子どものころから、家のラジオや電気カミソリを買い替えることになると、分解するのが好きでねぇ。そのうちにちょっとした修理もぼくがするようになってね」
それから、こんな言葉がつけくわえられた。
「やっぱり、どんな電化製品でも一台ずつ表情が違うんですよ。かわいくて、かわいくて。おかしいでしょ」
ほかにも買い物をしたこともあって、ずいぶんまけてもらった。
あれから、なぜか洗剤や飲み物といった日用品のコーナーが入口近くにレイアウトされていたので、毎日のように立ち寄った時期があった。
ぼくを見つけると、あいさつに出てきてくれた。
いつも、つくらない笑顔だった。
この秋、洗濯機は七年目をむかえた。
あまりトリセツを読まないぼくは、最近になって強力な乾燥機能があることを知った。
室内干ししかできないわが家にとって、役立つに違いないだろう。
「うちの子」の活躍はつづく。