距離と技術―― 『マタギドライヴ』の旅 #6
さて、秋田への取材旅行記の続きも、週1回くらいのペースで更新していこうと思う。
僕が食べたさくら定食の馬肉は、しっかり肉肉しい歯ごたえのある牛丼屋の具のような感じだった。僕はこのときまで、この土地に馬肉を食べる習慣があることを知らなかった。小麦アレルギーの落合君は、うさぎラーメンの麺だけを起用に取り除いて具をつまみ、スープを啜っていた。
早めに食べ終わった僕は、楽天チームと永沢さん、増田さんの現地組を待つあいだ、併設された道の駅の売店を見物した。印象的だったのは、野菜などあまり日持ちのしないものを売っていたことで、これは明らかにこの道の駅が少し離れた、日帰りで往復できる距離に暮らしている人たちが阿仁のものを休日のドライブのついでに買い求めに来ていることを示していた。これは全国の道の駅でも見られる現象のはずで、要するに1人1台の自動車所有と高速道路網の整備がこの30年余りで日本人の、特に「地方」の距離感覚をかなり変えているということをよく表している現象だと思う。40代以下の人にはちょっとわからないかもしれないが、たとえば80年代半ばごろ長崎県大村市に暮らしていた僕にとって、長崎市は年に数回出かける大都会だった。しかし現在の大村は長崎市のベッドタウンとして認識されている。もちろん、当時から大村から長崎に通勤していた人はたくさんいたけれど、それは「◯◯さんは、県庁づとめだから長崎市まで通勤している」と「特別な話題」になるような距離感だったように思う(何分、小学校低学年の記憶で書いているので、間違っていたらごめんなさい……)。しかしこの30年で、日本は(というか、世界全体もなのだが)かなり「狭く」なっているのだ。そのために僕たちの「このあたりまでは自分の土地」と自然に感じられる範囲はかなり広くなっているように思う。
……そんなことを考えながら、僕はふとあるガラスケースに目を止めた。それは「ナガサ」と呼ばれるマタギたちが使用する短い刃物だった。僕は友人が以前、このナガサを通販で注文していたのを思い出した。1本ずつ手仕事で作成しているという理由で、納品までに半年ほど彼が待っていたのを思い出した。半年待つくらいならここで、現物を見て確かめてから買えばよかったのではないか……とか、考えているうちに、楽天チームと永沢さん、益田さんがぞろぞろと到着してきた。
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u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)
宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…
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