【読書録】森と海との繋がり『鉄は魔法使い
今回読了したのは、
『鉄は魔法使い 命とちきゅうをはぐくむ「鉄」物語』
著:畠山重篤
著者は、宮城県気仙沼でカキ・ホタテの養殖業を営んでいる漁師で、
本業の傍ら、植林活動や海と森との知見を広める活動をされている。
この本では、海と森とを繋ぐ「鉄」について、さまざまな研究が紹介されている。
植物プランクトンを育む「魔法つかい」
著者は学生の頃、不思議な体験をしたという。
それは、牡蠣(カキ)の研究所を見学した時のことだ。
その研究所では、カキの餌である植物プランクトンが育たずに困っていた。
せっかくカキが生まれても、餌がなければ育たない。
研究が進まず、スタッフも頭を抱えていた。
そんななか、ある先生が「山へ行き、腐葉土をとってきなさい」と指示を出す。
腐葉土とは、落ち葉が積み重なった森の土のこと。
プランクトンと腐葉土に何の関係があるのか?
理由もわからぬまま、腐葉土から抽出したうわずみを実験に使ってみると、なんと植物プランクトンが増えていたのだ。
「なにがその中にはいっているかはわからないが、森には魔法つかいがいる」
中学生だった著者が、森と海をつなぐ「魔法つかい」を目の当たりにした瞬間である。
「森は海の恋人」
1970年代の気仙沼では、赤潮が発生したり、ホタテ貝が死んだり、カキの身が赤くなって売り物にならなくなるといった異常事態が起こっていた。
原因は、手入れのされない杉山や、農薬・除草剤・化学肥料の過剰使用、家庭や工場からの排水など、川の流域全体に渡っていたという。
すでに家業の養殖業を継いでいた著者は、考えた。
海をよくするにはどうすれば良いのか。
豊かな海に流れ込む川の流域には、必ず森があることを、漁師である著者は経験的に知っていた。
「魔法つかい」の経験が、直感に訴えかける。
豊かな海には、豊かな森が必要なのではないか。
著者は、1989年「牡蠣の森を慕う会」を発足し、川の上流の山にブナやナラを植林する運動をはじめる。
キャッチフレーズは、「森は海の恋人」。
森と川と海を一つのものとして捉える著者の思想は、メディアでも報道されて、全国に知られることとなった。
森と海とを繋ぐ、「鉄」
植林活動の傍ら、著者は森と海の繋がりを科学的に説明するため、研究者を訪ねたという。
そこではじめて、「魔法つかい」の正体が「鉄」であることが判明する。
森と海をつなぐ「鉄」の素晴らしさに魅了された著者は、その後もさまざまな研究者を訪ね歩いていく。
本書では、著書が出会った様様な研究者や活動家の様子が紹介されているので、是非読んでほしい。
森と海とをみる目が変わるはずだ。
豊かな海に襲い掛かる津波
その本は、2011年6月に初版が発行されている。
本書の原稿を書き上げた2月下旬、その直後に東日本大震災が起こった。
著者が住んでいたのは、宮城県気仙沼。
津波によって甚大な被害を受けた地域だ。
著者の母は帰らぬ人となり、家業の養殖設備は全て流され、豊かな海からは生き物の姿が消えていた。
茫然自失の著者が、それでもなお、森と海を信じて立ちあがろうとするところで、本書の幕は降りる。
3.11のその後
ここからは本書の内容ではなく、私が個人的に調べた内容に基づいて書いている。
震災の2ヶ月後、京都大学のチームが、津波が海に及ぼす影響を調査に来た。
そこで調査チームは、信じられない結果を著者に語る。
「カキが食いきれないほどプランクトンがいます」
震災後初めての正月には、養殖筏が沈みそうになる程カキが育っていた。
カキの成長は、通常では2年かかる。
それがわずか半年ほどで大きく成長したしていたのだ。
森と海の繋がりがしっかりしていれば、鉄が供給されていれば、海はすぐに蘇る。
長年心血を注いだ「森と川と海とをつなぐ活動」は、間違っていなかったのだ。
著者は今も、家族と共に豊かな気仙沼の海で暮らしているそうです。