
p.373|誰かの中で名前を思い出せない消息不明の男になっているのかもしれない。
人は変わるけど、いつどのタイミングでどんなふうに変わるのか。それが分かる人って少ないと思う。
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一日一鼓 Ⅰ 4月『白昼夢 -[Day 1]』
春。
雨に濡れた桜を踏みつける足取りは社会人を7年経験した絶妙な貫禄……いや絶妙な慣れを醸し出していた。この7年間、それなりに歩んできたつもりだし、それなりに結果を出してきたつもりだし、それなりに人付き合いも上手いほうだったと思う。そんな“それなり”の30歳男になろうとしていた。
学生時代の友人は結婚、出世、転職、消息不明…とさまざま。もしかしたら俺だって、誰かの中で名前を思い出せない消息不明の男になっているのかもしれない。それくらいにはやっぱり人付き合いも“それなり”に上手く済ませてきてしまった。
あと2ヶ月で30代に足を踏み入れる。
あいつ、どんな大人になったんだろうと、最近たまに名前を忘れてしまった高校の同級生の顔が浮かんでくる。高校時代はもちろん、学生時代でも30歳って「おじさん」だと思ってたけど学生という安全ベルトが外された途端、20代と30代の経験の差を見せつけられるようで早く30歳になりたいと願っていた。そのはずだった。なのに、そんな焦りも、不安も、履歴書に連ねた熱い思いもいつの間にかなくなってしまった。どこに行ってしまったのか、いつ落としてきたのかも分からない。ひとつだけ分かっていることは俺のなりたかった30歳は、この俺ではないという悲しい現実。こんな“現実”が30代という立派そうな肩書きの影に隠れた“真実”なんだとしたら、そんなに焦らなくても君には立派になる未来はないから期待なんてしてくれるなと昔の自分に伝えてあげたい。
あぁ………やっぱり、こんな30歳になりたい訳、なかった。
人は変わるけど、いつどのタイミングでどんなふうに変わるのか。それが分かる人って少ないと思う。毎日の少しの会話や喜びやストレスや落胆が7年後の未来を大きく左右する。いつに戻れば俺は、なりたい30歳というものになれたのだろう。
「30歳って、もっと立派だと思っていた。でも案外そんなこともなかった」
それで片付けてしまうのはなんだか少しだけ悲しくて、まだどこかに「なりたかった30歳」という希望が残っていると信じたくなってしまった。20代最後の悪足掻きだったのかもしれない。
それなりに生きてきた俺の、それなりに考えてそれなりに出した結論は……
「それなりが作り出した世界との決別」
『一日一鼓 Ⅰ 』
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