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p.384|写真に嫌われてるんだろうね

今から39日前の“あの日”。
俺の隣に、彼はいたのだろうか。彼は存在していたのだろうか。
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一日一鼓 Ⅰ 4月『白昼夢 -[Day X]』


1ヶ月以上も前のことを、人はどのくらい覚えているだろうか。
正確には「39日前」のことをどこまで覚えているだろうか。

いま目の前で本を読んでいるあのおじさんは、39日前に誰の本のどんなシーンを読んでいたのか覚えているだろうか。
ベンチで前髪にカーラーをつけるあの女子大生は39日前の“ある明るい時間”に誰とどこにいたのか、覚えているだろうか。


俺は覚えている。はっきりと。
39日前のこと。

あの日の、あの時の、あの瞬間の青い瞳に吸い込まれそうになった感覚も、折れた枝を思って心が濁ったのも、彼の後ろ姿を微かに、でも確かに疑ったことも覚えている。確かにあったはずだ。

綺麗な発音で日本語を奏でる青い目の青年。
ポラロイドのフィルムが写す俺のボヤとした顔。
婆ちゃんが大事にしていた桜の木に“似た”木。
年輪を見せたままこちらを見据える婆ちゃんの桜の木。
婆ちゃんの木と青い目の青年を写したはずのポラロイドのフィルム。

有ったはず。会ったはず…そう、俺は彼に会ったはずだった。

日本の、息が詰まるほどの平和が蔓延する空港のベンチで俺はフィルムを眺めている。向こうで撮った写真が手帳を膨らませていた。決して上手くはない。幻想的な写真でもない。俺が歩いた記録だった。(記録…う~ん、記憶…存在の証明?)
とにかく、どんなにかっこいい言い方を探しても、芸術作品という写真のジャンルからは程遠いと言うことを想像してほしい。そんな写真を抱えて俺は今、本を読むおじさんの前で、髪を巻いている女子大生の横で、この空港のベンチで、記録であり記憶であったはずのたった一枚のフィルムを眺めている。
それは、婆ちゃんが大事にしていた桜の木に“似た”木と、青い目の青年を捉えたはずのフィルム。もう、何も写っていない真っ黒なフィルム。

今から39日前の“あの日”。
俺の隣に、彼はいたのだろうか。彼は存在していたのだろうか。


あの日。
木が聳え立つ公園でじっとフィルムが彼を見せるのを待ったが、フィルムの中で彼が笑うことはなかった。
「写真に嫌われてるんだろうね」
なんて冗談を言う彼の横で、笑えなかった。白夜の中で出会った青年が本当にただの青年だったという確証を持てずにいた。日本語が飛び交うことが珍しい国の、日本では体験することのない“夜が来ない日々 ”の中で流暢な日本語を使う彼。

写真は彼を写さなかった。

p.384/一日一鼓 Ⅰ 4月『白昼夢 -[Day X]』

『一日一鼓 Ⅰ 』
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