13年目の3月11日
画像は本文と関係ありません。この記事には災害関係の画像は意図的に採用しないこととしました。
本日で東日本大震災 [気象庁による正式名称は「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」] から13年になります。昨年は、十二支が一回りした年あるいは仏教で故人の十三回忌にあたる年ということで、10年目の2021年に次いで多く報道されたような記憶があります。今年は特別な周年でもありませんが、年初に能登半島で大きな地震があった事もあり、いつもの年以上に話題にのぼっているように感じます。
あの時何をしていたとか、あれから何があったとか書きたいことはいろいろあります。自分の頭の中でうまく文章がまとまりません。ただ、この当日に一文を残しておくことに意義があると感じ、標題のエントリーを作成しました。
現在、13年前に津波で大きな被害を受けた地域は頑強な防潮堤や水門が設置されています。道路や鉄道などのインフラも震災前の状態に復旧したのみならず、復興予算により震災前以上に整備されたところもあります。その一方で、復興住宅での孤立死者が発生しているという問題も顕在化しています。
残念ながら原発事故の事後処理は遅々として進んでいません。廃炉作業に不可欠な、メルトダウンで発生した「デブリ」の取り出しは想定の工程表から大きく遅れていると報道されています。一方で流入する地下水などにより日々発生し続けている汚染水からトリチウム以外の放射性物質を除去する処理施設では、メンテナンス中の事故で作業員が傷害を負うという事故も発生しています。
そして、故郷に戻ることが出来ないなどの事情でいまだに避難生活を続けている人が約3万人にも及ぶという事実も報じられています。
全く文章がまとまるめどがないので、ひとまず締めくくります。後日加筆・修正するか改めてエントリーを起こすかしたいと思っていますが、このまま放置となる確率も高いと思っています。
以上、あくまでも自分用のメモ書きとして。
注)2024年3月12日 全般に加筆修正しました