1 序章 叔母からの手紙
2019年のある日、何年も疎遠になっていた叔母(母の妹)から一通の手紙が届いた。
叔母は実家から徒歩15分くらいのところに住んでおり、月に数回彼らの様子を見に行ってくれていた。
私は年に1度程度、帰省ついでに叔母の家に顔を見に行くくらいの付き合いだった。
そんな叔母からいきなり、4枚の便箋にぎっしりと文字の書かれた手紙が届いたのだ。
叔母の家は私が幼少期の頃からそうだったが、余分なものがなくスッキリとし、いつ訪れても窓ガラスまでがピカピカに磨き上げられ、手入れされた植物が庭を彩っていた。
必要なもの以外は持たないというシンプルな生き方に私はとても共感していた。
そして物をため込む性格である母の事や祖母の事を
”理解できないね”
とよく冗談交じりに言っていたのだ。
80歳を過ぎているが、頭はしっかりし健康的な生活をしているためか、余計な脂肪もなく、いつもシャキシャキと歩いて近所のスーパーに買い物に行くような生活を何十年と続けている。
体形は20代の頃から変わっていない、その世代の人には珍しく165センチ超えの長身でスリムな体系である。
主婦の鏡のような生活をしており、突然の来訪であっても旬の果物で作ったお菓子やアイスクリーム、丁寧に淹れた紅茶を出してくれる。
どこから見ても素敵で非の打ち所のない生き方を貫いている人である。
叔母の夫は数年前に他界、子供はいない為現在は1人暮らしである。
安定したサラリーマンを新卒から定年まで働き上げた叔父は、生前は週末にゴルフに行くくらいでつつましい生活を送っていたようだ。
数年前に夫が他界した後も、いつも家の中はピカピカに掃除されていた。
そんな叔母から一体何の話だろうと、私は嫌な予感がして恐る恐る封を開け手紙を読んだ。
それはとても達筆な文字で書かれていた。
真っ先に私の目に飛び込んできた内容はこうだった。
お母さん(私の母)の認知症の事をあなたはわかっていますか?
お父さん(私の父)の手の震えは素人が見てもパーキンソン病です。
なぜちゃんと病院に連れて行ってあげないのですか?
と言った内容が延々とつづられており、私にとっては全てが寝耳に水であった。
手紙を読むうちに叔母の一方的で攻撃的ともとれるその文章に、私はだんだんと腹が立ってきた。
全てが正論過ぎるのだ。
そして自分自身が無能な人間に思えてきた。
ひとり娘だというのに、高齢の両親を気にかけず、遠く離れた土地で好き勝手生きているんだね、私は80歳を過ぎたというのに、こうして時々おかずを持って行ったり、彼らの生活に必要な手助けをしているというのに。
もっとしっかり現実を把握して両親のことをケアするべきだ、娘としての責任を持ちなさい。
かいつまんで言うと、そんなような内容であった。
手紙を読み終えた私は怒りで手が震えていた。
出来る事は私なりに頑張っているのに。
そして私には私の東京での生活がある。
1人暮らしを始めたばかりで、まだ安定した仕事についていない19歳の息子もいる。
呼吸を整えて叔母に電話を掛けた。
手紙をありがとう、両親は東京に呼び寄せるのでご心配なく。
叔母は手紙に書いてあったような事をマシンガントークで話し始めたが、もう全く聞く気にもなれなかった。
なのでご迷惑はかけませんので。
そう言って私は静かに電話を切った。
そして私は怒りに任せて叔母からの手紙をびりびりに破いてごみ箱に放り投げた。
我ながら感情的になっていると可笑しくもあったが。
私は昔からちょっとした事で腹を立てる心の狭い人間であり、批判に慣れていないので、他者からの攻撃から過剰なまでに身を守ろうとする打たれ弱い人間だ。
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