セクハラ教師を公開処刑に処す①
二重苦
事実を知らない父に「お前は何をやっても続かない」と呪いのような言葉をかけられたことが引っ掛かり、退部届けを出しに行くのを少しの間見合わせていた。
部活に行くことをやめ、悶々としながら放課後を過ごすことになったが、始めたことを途中で断念したことへの敗北感や、これで良かったのかという思い、しかしもうこれ以上勝手に触られることに我慢できそうもない自分との間で葛藤していた。
大人のうち一人でも私の決断を「それでいい」と言ってくれたなら、自信を持てたに違いないし仕返しを企てたかもわからない。でも、私に投げ掛けられた言葉は逆のものだった。
事実を信じない親も部活に「行け」と言うことが、娘の身体を「どうぞ触って下さい」と、セクハラ教師に差し出すことになると想像は全くしていなかった思うのだが、事実を知らないもしくは知ろうとしないだけで、やっている事実はそういうことだ。
これを当時の親に突きつけたら自分たちの行為を受け止められたのだろうか。と思う。
多くの人は自分こそ善良な市民であろうとするけれど、当時の私にとって親の行動は悪魔に匹敵するものだった。先生が真っ当な人間だという社会通念を重んじる親の思い込みが招いた災難だ。
大人たちは都合よく「反抗期」を単に大人の意見に背くことだと認識していないだろうか。
私は私のために
石村だってもうわかっている。
私が部活を休んでいる理由について。
遂に我慢すら忘れ練習という名目を度返しして「触る」という欲と意志を剥き出してきたわけだから。私がそれを拒絶して今こうなっている。ここで私が部活に戻ればそれを了承したととられかねない。
本当は、ソフトボールというスポーツをしていたはずが石村の性欲によって私の学生生活は早くも一変した。
中学生の私は人知れずこんな危機感にさらされていた。他の大人(教師)は石村が私にしていることを知らない。
部屋に寝転びながら「納得がいくか」「絶対に許さん」とそんなことばかりが頭によぎる。
距離を置くと仕返しも面倒に思うこともあったが、しばらくするとこのまま終えてたまるか。と、怒りが発作のように再燃した。
目には目を歯には歯をと遥か昔のハンムラビ法典でも決まっているが、生憎私は石村に指一本たりとも触りたくない。
私は何をされたのだろうか?
恥をかかされた上に正直に話したことによって親からの信頼まで失った。
稚拙な頭で考えて、すでに失っているのだから心理的にこれ以上失うものは無いように思えた。これ以上誰になんと思われてもいい。もう既に、損なわれているのだから。
それで関係が更に悪くなるならそれさえもしょうがない結果だ。私は私を守るし私がそれを認める。当てにならないものをいつまでも期待していても無駄だ。しがみつけば惨めになる。と、拳を握りしめた。
目には目を歯には歯を
しかし、感情的にやれば、さらに墓穴を掘るしやり方を間違えば更に痛手を負うのは私の方だ。
そして一つの案が浮かんだ。
されたこと全てを職員室で他の教師に聞こえるように淡々とぶちまけてやろうと。今で言う公開処刑だ。
回りの教師がどんな考えに至ろうとも事実は事実だ。一点の曇りなく何も変わらない事実だ。その羅列をしてやろうと。それに、それをどう感じたのか反応でその教師の本質も洗い出せるとも思えた。
中学生活はまだ始まったばかりだ。ぼんくら教師をふるいにかける思いで。
石村の魂胆は生徒という弱い立場の相手になら自分の振る舞いを隠匿できるとたかをくくっているからこそ、あの余裕ぷりなのだろうから、根刮ぎへし折ってやりたかった。
しかし同時に、私自身が性の対象となり石村にその前提で触られたことを公開することにもなるので、代償に回りからの反応も受け止める必要があり、またそれらを開示することは自らを辱しめているようで怯んだ。
すでにアンビバレントな自分がそこにいた。
多分あのときの私は羞恥心より怒りのバロメーターの方が振切れてたがが外れていた。
思春期のエネルギーは変な方向に暴発する。
ええい。ままよ。後は野となれ山となれ。
となると、教師が職員室に揃う時間に突撃するのが一番効果的だ。それはお昼休みだった。
友達の夏子にはことの全容を話していて「石村も大人も全員クソだな」という言葉を貰っていて、この日も「ばっちり決めてこい」と送り出してもらった。
いざ出陣
退部届けを握りしめ少し緊張しながら職員室に入った。ヤンキー校だったおかげで、すでに先輩方が職員室で先生に追いかけられているという茶番劇に遭遇する。
次の瞬間衝撃が走る。
職員室のベランダから先輩の一人が飛び降りた。職員室は二階でその下は花壇だった。何も植えられていない花壇なのに、いつも土がふかふかに耕されていた理由がこれだったのかと、復讐を決行する日にわざわざ知ることでも無い気がするが、私は昔からこういう星回りだ。
体育教師の「待てーーー」と叫ぶ声が空を切る。
先輩は無事逃亡に成功したようだ。
今日この全容を暴露するのはいささかシュールな展開ではないかと思ったのだが、気を取り直した。
「石村先生お願いします!」
堂々と姿勢を正して声を出した。
パーテーションで仕切られただけの小さな面談スペースに現れた石村はドカッと足をおっ広げてふてぶてしい態度で腰を降ろした。
あばただらけのテカった顔に、相変わらずタコのように表情までふてぶてしい。
私は机を挟んだ向かいに立ち座らなかった。
そのまま退部届けを出した。
退部理由を聞かれた。
こいつはやはり人の気持ちに触れずに生きてきたようだ。
「お前は大会に出て勝つのが目標じゃなかったのか」
と、すこぶる頓珍漢な言葉が投げ掛けられた。これで私のモチベーションを引き出しているつもりなのだろうか。と、当時の私は真に受けていたが、今なら全て解っていてのパフォーマンスだったのかもなと思う。
あとは、この場で自分の心象をなるべく良く部活顧問としての役割を終えることが、こいつの目的だったろうと思う。
しかし、当時はまだ12歳。まだまだ経験不足だった。静かに怒りが沸いた。
全身が震えるほどの怒りを人生で初めて体験した瞬間だった。
私の怒りをよそに石村は「お前頑張ってたじゃないか。俺は見込んでたんだぞ」と茶番を演じ始めた。
その時私は表情を失っていたと思う。
幻滅、無念、失望、絶望、絶念...
「退部理由ですよね。言いますよ。」
石村の茶番劇を無視して表情を忘れたまま口火を切った。
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