小田嶋さんと岡さんの話
小田嶋さんが亡くなったらしい。言質に好き嫌いはある人だけどぐいぐい読み進めるコラムをたまに読んでいた。
どちらかというと知ったきっかけは小田嶋さんではなく岡さんだった。岡さんの「恋人に手紙を書くようにコピーを書く」という言い回しがかっこよく僕はできないなと思いつつ憧れを抱いていた。そして彼も鬼籍に入っていたことを知る。
岡さんやTUGBOATは、自身が広告の力にのぼせてくらくらしていた2000年以前の時代を思い出させる。広告は当時宣伝ツールではなく「時代を語るメッセージだ」と本気で考えていたビジネスマンが、熱く駆け抜けていた。
未来は明るかったし希望に燃えていた。そしてその熱に絆された自分が、うまくいかないプログラマーの仕事と比べなんとつまらないことをしているんだ。なんでこんな田舎にいて工場勤務しているだと嘆き東京でキラキラしたカッコいい仕事をしていた岡さんたちを見て憧れていたんだと思う。
2000年にようやく上京を果たしその頃ようやくウェブという武器を手に入れつつ広告技術を学んでいたあの時代は恥ずかしげもなく言うと遅れてきた青春時代であった。そしてそれと同時にウェブ技術の向上は広告という恋文を検索キーワードというデータに変換すると同時に斜陽の時代へと変えていく。
広告屋はマーケティングという技術主導に変えその流れに沿って岡さんの名前を聞く機会は減っていたと思う。その当時の自分もウェブ技術の可能性と恥ずかしげある恋文を書けないことに気づき、広告やクリエイティブは昔得た技の一つとして納屋の奥に封じられることになる。
そして小田嶋さんが鬼籍に入った通知と共にいま調べて岡さんもか、、と。年齢的に思い出すのはこの世代の人たちの馬力はある意味クレイジーでいまの時代だとコンプラや人として、、と言われる感じな人ばかりだった。正直僕自身は矮小な小物であるからこそいまの時代になったことはありがたさの方が多いが、彼らの時代特有の熱意や推進力というのは本当は今の時代こそ必要なんだろうなと思う。
熱さが狡さになり、恋文がデータになった今が良いのか正直僕もわからない。けど青春時代特有の青い感じはもはやないんだなとも再確認できる。この年で20年前と同じ所作をするならば正直「こいつ大丈夫かな」ですしね(昨日似た体験を他人で感じたのは秘密)。こうして世代は循環していくのか。なるほどと思いつつ一抹の寂しさもおぼえます。