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読書感想『雫』寺地 はるな

永遠ってなんですか?

リフォームジュエリー専門店『ジュエリータカミネ』はビルの取り壊しに伴い、廃業する。
専属ジュエリーデザイナーだった永瀬珠は、将来の不安を覚えつつも次の仕事に踏み切れずにいた。
社長である高峰能見は信念をもって店を立ち上げたはずだったのに離婚と病気のせいか覇気がない。
同じビルの違う会社に勤めていた森侑は、最初に勤めた会社でのパワハラの傷を抱えたままだった。
ジュエリータカミネのリフォームを請け負っていた地金職人の木下しずくは人とのコミュケーションに難を抱えたまま、離島の恋人の元へさっさと行ってしまった。
元々中学時代の同級生である四人は卒業制作のレリーフ作りで同じ班になって以来、30年間緩やかにつながりを持ち続けてきた。
人とのつながりで躓きながら、それでも人に支えられて進んできた不器用な四人の30年に及ぶヒューマンドラマ。


物語は、永瀬と高峰が営んできた『ジュエリータカミネ』が廃業したところから始まる。
紆余曲折経て同級生4人がそこに至ったことが示唆されながらも何があったのかが語られるわけではなく、その後の章が5年ごとに時代をさかのぼって展開されることで明かされていくというなかなか変わった構成である。
40代半ばの行き詰ったような今から始まり、そこへ至るまでの30年が、過去を語るのではなく5年遡るごとの今として描かれるのである。
その時その時の『今』が描かれ、4人に何があったのかが徐々に明かされていく。
時代はどんどん遡り、主人公たちが成長するのではなくどんどん未熟者になっていくのはなかなか珍しく、そして、大きな事件があるわけではないがどんな人の人生にも「出会い」と「選択」によって揺れ動いていく様が描かれている。
4人の関係性は不思議だ。
それぞれがそれぞれをどうしようもなく必要にしているような雰囲気でもなく、どこか侮っているような失礼さや遠慮なさを持ち合わせながら、それでも確かに長い時間培ってきた信頼が見える。
そして永瀬、高峰が扱うジュエリーリフォームについての想いが物語の核として描かれていく。
単なるジュエリーではなく、ジュエリーリフォーム…それは、誰かが使っていた物を形を変えて受け継いでいくのだという…物だけではなくその思いも受け継いでいくのだということが描かれ、ずっと繋がっていくその流れの中に彼らは「永遠」を見ているのだ。
物を受け継ぎ、思いをつないでいく…それを生業にしようと思った彼らの、自分たちの想いのリレーの物語だ。
なんだろうな、本当にささやかな…誰もが経験したことのあるような何気ない挫折や失敗…自分たちだけの願いや決意が描かれているので言葉で表現するのはとても難しい。
のだけれども、そこには思わず重ねてしまうような思いがあって、なんだかとっても心になじむ一冊だった。
失敗、挫折を繰り返しながら、それでも自分で選び、少しずつそれらが自分になじんで新たな一歩へつながっていくのである。
大人にこそ読んで欲しい、一冊だった。

こんな本もオススメ


・君嶋 彼方『春のほとりで』

・町田 そのこ『わたしの知る花』

・津村記久子『水車小屋のネネ』

時間が流れるこそ見えてくるものとか、過去になったからこそその失敗さえ愛おしくなるようになったりすることを思い出させてくれる本ですね。

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