読書感想『罪名、一万年愛す』吉田 修一
横浜で探偵業を営む遠刈田蘭平のもとに、一風変わった依頼が舞い込む。
九州を中心にデパートで財をなした有名一族の三代目・梅田豊大が持ち込んだ依頼は、ある宝石を探してほしいというものだった。
宝石の名は「一万年愛す」…ボナパルト王女も身に着けた25カラット以上のルビーで、時価35億円ともいわれる幻の一品なのだが、どうもその宝石を創業者・梅田壮吾(通称・梅田翁)が過去にオークションで落札して保有しているかもしれないというのである。
宝石を探すために長崎の九十九島の離島の一つでおこなわれる梅田壮吾の米寿の祝いに訪れることになった遠刈田だったが、そこには豊大の両親などの梅田家一族とは他に、過去に梅田壮吾をある事件の容疑者として疑っていた元警部の坂巻が招かれていた。
孤島で行われた豪華なお祝い…しかし、出席者は台風により孤島から出られなくなり、そんな中で主役である梅田翁が謎の手紙を残して消えてしまう。
果たして梅田翁はどこに行ってしまったのか…宝石は本当にあるのか?
吉田修一氏のおくる絶海の孤島でのクローズドミステリーである。
状況だけ書き出すと、血なまぐさいドロドロの何かが始まりそうなシチュエーションなのだが、これが全然違う。
梅田翁のどこか飄々としたチャーミングさと、それを囲う一族、元警部の坂巻から漂う呑気な雰囲気に、物語は穏やかに進みじわじわ核心へと近づいていくのである。
米寿のお祝いを迎えた梅田翁が台風で荒れ狂う孤島で姿を消したというのに、きっとどこかで隠れているんだ、となかなか悲壮感にかける。
遺産相続や会社の経営など争いのもとになりそうな事案はごろごろしているのに、家族としての信頼感のほうが強くそこには争いの種が生まれようにないのも珍しい。
そんなことより梅田翁のことを心配し、梅田翁が何かを伝えようとしているんだ、と彼の残したメッセージを読み解こうと一生懸命になる一家にほっこりしてしまう。
そしてその謎解きに関わってくるのが元警部の坂巻である。
坂巻警部は45年前、ある主婦の失踪事件に梅田翁が関わっているのではないかという疑いから付き合いが始まったという過去を持っている。
梅田翁の過去に迫りながら、彼の今まで抱えていたものを家族が改めて受け継いでいくような、そんなクローズドサークルミステリーなのである。
誰かの悪意や、殺意が存在しない孤島は、確かに不安や疑いもあるんだけれどもそれ以上にそこにお互いがいてる安心感が漂っていて何があっても全員で受け止めてしまうのであろう雰囲気は今まであまりなかったので新鮮。
またいつもとは違う文体にもきちんと理由があり、最後まで読んだ後で改めて読み返したくなってしまうのも楽しい。
絶海の孤島に取り残された梅田一族…彼らの見つける梅田翁の真実と揺らがない家族愛がじんわり響く一冊であり、すべての行動の起点に愛のある一冊でした。
一族にこのまま仲良く繁栄していってほしいわ…。
こんな本もオススメ
・綾崎隼『ぼくらに嘘がひとつだけ』
・雫井 脩介『互換性の王子』
・下村 敦史『全員犯人、だけど被害者、しかも探偵』
何処かに閉じ込められるのもいろんなパターンがあるし、誰かを守るためにつく嘘もある。
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